《MUMEI》

「破ーーーっ!!」
耳元でゴウゴウと風の音が響き、もったりした黒いワンピースの裾をはためかせながら、あっと言う間にジョナサンの
間近に迫る。
「にゃっ?!」
慌てて摩起の進路上から回避するカモメに、ニヤリとウィンクを送りながらブッチぎる。
しかし、悔しがるジョナサンを見たくて背後を振りかえった拍子に、お気に入りのトンガリ帽子・・・・魔法少女の必須アイテムが頭から離れてしまい、気付くと眼下の海面に向けてフワフワと落ちていくところだった。
「あー?!」
思わず悲痛な叫びを上げる摩起の目に、
キラキラ光る海面に向けて急降下して行く一匹のカモメの姿が見えた。
カモメは光の中に一瞬溶け込むと、すぐにまた、摩起のいる高度まで戻ってきた。
摩起の頭の上に移動して、嘴−くちばし−にくわえたトンガリ帽子をポトリと落とした。
「ありがとう、サリヴァン」
「どういたしまして。それよりも、ずいぶん飛行術が上達したみたいだね」
老カモメが摩起と並んで飛びながら、穏やかな口調で言う。
「いんや!まだまだだね!」
再び耳元をかすめていくジョナサンに、
「こんの!負けず嫌いめがぁぁーー!!」
「俺を追い抜こうなんて一億年速いんだよぉ!べろべろばー!」
「ざっ・・・・けんなぁぁぁ!!」
カッと燃え上がり加速していく摩起。
たちまち抜きつ抜かれつする二つの影
が、老カモメの視界から遠ざかっていく。
「フー、やれやれだぜ」
老カモメはいつも通りの展開に、ため息を漏らした。
西の水平線にすでに太陽は沈みかかり、
東西南北見渡す限りに広がる海は、黄金色から燃えるようなオレンジ色にと変貌している。
摩起とジョナサンが壮絶なチェイスをしていると、やがて遠くに黒い島影が見え、不意にジョナサンが失速した。
互いが暗黙のうちにゴール地点と定めた、海上に突き出した二つの小岩の間を、先にすり抜けたのは摩起だった。
勝利のガッツポーズをとる摩起に、
「たかが昨日今日のヒヨッコ魔法少女がなかなかやるじゃないか」
負けたぜ、と言うようにジョナサンが
感嘆の声を漏らす。
「俺の彼女にしてやってもいいぜ」
「おあいにくさま。私にはちゃんと心に決めた王子様がいるんだから」
「ん・・・・そうなのか?」
一瞬落胆の声を出したジョナサンの様子に、えっ?と摩起が振り返る。
その時にはカモメは身をひるがえして、仲間のいる方へ飛び去るところだった。
「明日は負けないぞ、魔法少女!首を洗って待ってな!あーばーよー!
わーっははは!!」
他のカモメ達の影に混じって、すぐに
ジョナサン・リヴィングストンの姿は、
見分けが付かなくなった。
「ジョナサン・・・・私を元気づけようと思って、わざと・・・・」
じわりと込み上げるものを感じながら、はるか沖に去っていくカモメ達と別れて、摩起は眼下の島にホウキを降下させていった。
あっと言う間に生い茂る樹木の中に、摩起は吸い込まれ、木々の間を器用にスイスイ通り抜けていく。
「やあ、お帰り!」
「元気かい?」
「今日のフライトは楽しかったかい?」
声をかけてくる妖精達に挨拶しながら、低空飛行を続ける。
木々の向こうに綺麗な洋館が見えたので摩起はスピードを落とし、屋敷に続いている小道の上に着陸した。


「お帰りなさいませ。ご主人様。」
ドアを開けると三人のメイドが並び、
うやうやしく出迎えた。
メイドは梨々香、芽衣、匡子だ。
「お食事になさいますか?それともお風呂を先になさいますか?」
摩起の顔色を伺−うかが−いながら問いかける。
「んー、そうね。今日はたまには私のほうから、みんなにごちそうしてあげるわ。美味しいケーキを!」
「え?!」途端に三人の顔が青ざめて、
サーっと血の気が引いていった。

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