《MUMEI》

「だ・・・・だましたなぁ!!」
恐怖も忘れて憎悪の目を向ける梨々香に、
「え?何が?」
ニコニコしながら肩をすくめる摩起。
「どうしたん?梨々香?」
「止せ、芽衣!」
梨々香は、隣の芽衣が口元に運んでいたスプーンを、思い切りはたき落とした。
「お前ら、自分が何食わされてるのか
よく見てみろーー!!」
「えっ?何がぁ?」
匡子のスプーンがピタリと止まる。
口元のスプーンを見る。
スプーンの上で鈍重に手足を動かす、その『モノ』に気付き、顔面が凍りつくと「ひいやああーーー!!!!」
今にも気絶しそうな、かすれたか細い
悲鳴を上げて、カチャンとスプーンを
食卓の上に放り投げた。
テーブルの上で今、匡子の口の中ヘ消えようとしていたモノが、ゆっくりした動きで這い回っている。
皿の上でうごめいているのは、カマキリに似ているが・・・・最も近いモノを言うなら、昆虫図鑑に載っているアフリカの熱帯に生息する、名前も知らないグロい昆虫のような・・・・だが、明らかにそれらとも異なる、見た事も無い気味の悪い昆虫達だった。まるで地獄の虫だ。
「おええーっ!!何じゃこりゃー!!」
幻から覚めた二人も梨々香に続き、床上に嘔吐する。
上体を折り背中を痙攣させて吐き続けながらも、誰も席を立とうとしないのは、ある意味不思議な光景だった。
それとも『立ち上がる事が出来ない』のか?
そして三人を身動きさせない拘束は、
次の瞬間にさらに決定的なものとなった。
椅子の両のひじ掛けに、いつの間にか
出現した鉄の枷−かせ−が、三人の両手首をガッチリと固定してしまったからだ。
「ひいっ!エルム街の悪夢かよ、こりゃあ!」
「こいつを外しやがれーー!!」
「あらあら!両手が使えなくなったの?だいじょーぶよ、私が食べさせて上げるから♪」
摩起がニコニコしながらスプーンにグロい昆虫を乗せて、先ず梨々香の口元ヘそれを近付けていく。
「いやだぁー!!や・・・・やめてくれーー!!」
必死に顔を背ける梨々香。
「ほーら、もう。遠慮しないの・・・」
「お・・・・覚えてやがれ!あ・・
・・後で、絶対に仕返ししてやるからな!」
毒づく梨々香に、相も変わらずおっとりと摩起が言う。
「んー、それがね、いつも目を覚ますとこの夢の事忘れちゃっているのよねー。」
「ふざけんなー」
「まあまあ、そう怒らずに♪」
昆虫がたくさんある脚をうごめかせ、
梨々香の頬を引っ掻く。
その様子を蒼白な顔面に汗の玉を浮かべて、二人の仲間が見ている。


その時・・・・


「おーい、あまり食べ過ぎンなよー」
窓の外から聞き覚えのある声が、屋敷の中に届いた。
「あら、あの声は!」
スプーンを食卓上に置いて、窓辺に走る摩起の姿に、梨々香の全身から一気に力が抜けていく。
一方摩起は、二階の窓辺から中庭を見下ろすと、スーツでバシッと決めていつもと感じの違う担任教師に、
「こんばんわ、林先生!こんな時間に何かご用ですか?」
にっこりと愛らしく挨拶をした。

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