《MUMEI》

エレベーターの現在階数は、五十階へ到達。

「気分を害したとしたらごめんなさい。でも、どうしても気になる。」

目を合わせると、身長差から私が見下される形になり、あまり嬉しくはなかった。

しかし、目が離せなかった。

矢吹慶一郎は心底悲しそうな、嫌そうな表情で此方を見ていた。

この人には、小動物の臆病さと、肉食獣の傲慢さが溢れている。

「口を滑らせた事を早速後悔しているよ。でも、言ってしまった事に変わりはない。答えよう。」


ピンポーン


そう言い終わるが早いか、エレベーター内に、開く合図の音が響いた。五十八階へ到着したのだ。

矢吹慶一郎は言葉を止めて、私を出口へ案内するように手でジェスチャーをした。

「どうも。」

抵抗もなく、エレベーターを出た。

例の五十八階は、端から端まで一つの部屋で構成されていた。

中央に、パーソナルコンピュータとそれに接続されているミリオンヘイムオンラインの専用ゲーム機、それらをのせている机と椅子。

それから、その横に金髪の身長低めの女性。


…端正な顔してる。


「広いね。」


「は?」

`広いね´と言ったのは、私ではなく、案内してきた矢吹(もう面倒だから名字だけ)だった。

そのとんちんかんな感想に、私は驚きを通り越し、呆れた。

「広いねって。あんたが連れて来たんでしょう?」

「私が知っていたのは、五十八階に沙弥嬢専用ミリオンヘイムオンラインが設置されているって事だけだ。私が設置したなんて言っていない。」

その答えに少々頬がひきつったが、気にせず真っ直ぐ中央へ向かった。

いかにも静かそうな少女は、じいっと私を目で追っている。

「貴女が…坂上沙弥様?」

「そう、ですけど。」

いきなり聞かれたので、声が上ずった。そして、その様子に矢吹は満足気だ。

「彼女は私の妹だ。この階のデザインと設置は妹に任せたんだ。」

「矢吹慶一郎の妹の柊真綾でございます。兄…矢吹社長の秘書をやらせて頂いております。」

礼儀正しい金髪少女は表情ひとつ変えずに四十五度腰を傾けた。

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