《MUMEI》

嵐はそのまま吹かせよう
みんなは慌てて逃げている
けれど雨が降っても
僕は笑顔を浮かべている
道をずっと歩きながら
口から出るのは楽しいメロディ
僕はただ雨の中で唄っているだけさ


見事なタップダンスだった。
だが何かおかしかった。
まるでそう・・・・林の姿は何者かが糸で動かしている操り人形のように見えた。
意志に反して動かされる手足の筋肉が 、メキメキと時おり不気味な音を立てている。
固定された笑顔と裏腹な、両目の奥にあるすさまじい恐怖。
雨に混じり、頬に伝うのは涙なのか?
だがその口は声高らかに歌い続ける。
ショーはフィナーレに向かう。



雨の中で唄っている
ララララ
また幸せになれたんだ
僕は雨の中で唄ったり、
踊ったりしているのさ



林は樹木の傍らに置いてある椅子に身軽にピョンと飛び乗ると、胸に手を当てて摩起に深々とお辞儀した。
摩起は満面の笑顔で、ショーを終了した
担任に拍手を送る。
林の目の前には、枝から先が輪になった、縄のロープが垂れている。
林は不自然に笑顔を張り付けた顔で摩起を見上げた。
その目の奥には許しを乞う光。
二人の視線が一瞬絡み合う。
「素晴らしかったわ、林先生!本当に
前と比べると、随分上達したわ!」
親指を上に向けグいっと突きだす。
担任教師の目の奥に、わずかに希望の色が浮かぶ。
「でも何かしら?何か・・・・まだ足りないのよね」
(いやだ、やめてくれ)
笑顔の仮面のまま、林の両目がそう訴えている。
「ジーン・ケリーに有って、林先生には無いもの・・・・そう!そうよ!
それは、パッションだわ!!林先生の躍りには、迸−ほとばし−るパッションがいまいち感じられないのよ!
残念ね、林先生・・・・」




親指がゆっくりと回転して・・・・



「今回も不合格よ」




完全に下を向いた。




(許してくれーー!!)
林は笑顔のまま、ロープの輪に首を突っ込むと、足元の椅子を蹴った。
「ぐげっ!」
と声が上がり、全身に断末魔の痙攣が走り抜ける。
足がばたばたと動いてしばらく樹の幹を叩いていたが、やがてそれも静まり完全に動かなくなった。
「これにメゲずに、また再チャレンジして下さいね林先生。人生、挑戦が大切だって先生も言ってらした事ですし」
摩起はふうっとため息をつくと、
やれやれこれで44回目だわ、と呟き、
ガクガク震えている三人組のほうへ、
にっこり笑いながら振り返る。

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