《MUMEI》

―――となりの部屋。きっとミーシャたちがいるんだろう。

おとなしく俺を放置してくれるワケも…無いか。
手強そうだ。

さて、本当に脱出する方法に困ったな…。

でも、今日のところは…とりあえずここで寝る…


そうして目をつぶり、ゆっくりと夢の世界へと誘われていった。




…兄ちゃん


私―――もう助からないかも


だから、どうか探さないで―――


今の私は、死体より酷いから。


兄ちゃんだけは――――私が遠くから、護るから―――――





そういって澄んだ白い湖の中に入っていく、微笑んだ梓を追いかけることも、声をかけることもできずに、銅像のように硬直している俺は、
一人で自分に意気地なし、弱虫、という文句を浴びせていた。

梓が消えると、俺の硬直は溶け、とたんに力が抜けて前に倒れた。

口に入ってきたその白い水はしょっぱくて、まるで涙のようだった。

起き上がろうと、足に力を入れると、大理石の底がぐにゃりと歪んで、脚が吸い込まれ、沼のように沈んでいく。

俺は不安の声を漏らしてもがくが、もがけばもがくほど、奥に引きずり込まれていく。

顔が、白い水の中に入り、伸ばした右手の小指が沈むくらいまで沈んだ。

息ができなくなって、口から空気がもれだした。

もう、駄目だって思えてきて、手を伸ばすのすら諦め―――――


『恭介!!』


沈みかけた俺の右手を、思いっきり強く握りしめて、勢いよく沼から俺を引き上げる、それはいったい誰なんだ――――――

逆光のせいで輝くその人の輪郭に、顔が黒くて良く見えない。

だけど、その人の表情がわからなくても、救われたって思ったんだ。

何処かその人も笑っているような気がして、その人の雰囲気が昔俺を護ってくれた杏を思い出させて――――




「恭介」




俺はその聞き覚えのある声に目を覚ます。

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