《MUMEI》
1 廻る歯車
「ふぁぁぁあ……ふひぃ」

澄んだ空気を貪るような盛大なあくびが漏れる。
今日だけで何度目のあくびだろうか。既に2校時目で数えるのを諦める程だ。
すると同時に腹の虫もうめき声を出し始める。


「平和だね君は。昨日の事があったというのに」

そんなぬるいまどろみをぶち壊すように、隣の魚が感心3割、呆れ7割でため息をつく。

「だって……今日寝たの4時だよ?そりゃあくびも出るよ…ふぁあー……」

2時間ちょいしか睡眠をとっていないので、あくびが出るのも人間の自然な欲求であろう。


「はぁ……で?リングはどうしたんだい?」

「……あるよ。ほら」


ゆっくりとした動作で制服の内側に隠していた、細いチェーンを引っ張り出す。
するとそこに繋げられている2つのリングが一緒に釣られ、擦れ合いキン、と心地良い音を響かせる。

そのリングは、空中に水色と黒の軌跡を描き、太陽の光を浴びて一際輝く。


昨日一一実質は今日の夜中だが、我が家の隣人の魔法少女、これも実質魔法青年の星蒔 理人さんと戦った。

そもそもあれが戦いと言えるようなものなのかはともかく、理人さんはあのあと、勝者だけが手にする事が出来るという、12個中1個のリングを投げつけてきた。


これで私が所持しているリングは2つとなった訳だ。

あの時、私が圧倒的有利な状況だったとも言えないし、何よりあのまま続けていたらまず私は間違いなく敗北していただろう。

こんな一昨日魔法少女となったばかりの私に、どういう理由でこのリングを?


色々と疑問が湧いて来たのだが、それを尋ねる前に、理人さんは去ってしまった。

結局リングは私が持っているのだが、本当によかったのだろうか…?


そのあとまた恐怖に苛まれつつも、何とか屋根を伝って移動し、夜中3時頃に家に到着した時には重い倦怠感が襲った。

霊曰わく、「人間は普段2%程の力しか出せないが、魔法少女はその何十倍も引き出す事が出来る。しかし力を使い過ぎると疲労が溜まる」だそうだ。


そのあとは泥のように眠ってしまい、また寝坊し今度はお弁当も無しに学校に向かった。

幸い学校には間に合ったのだが、なんと驚く事にあのゆかりちゃんまでも、遅刻ギリギリで教室へ駆け込んで来たのだ。


中学時代から遅刻なんて一切した事無いゆかりちゃんが、こんな汗だくになりながら駆け込んでくる姿など、誰一人として見た事ないだろう。

その事があってか、ゆかりちゃんもお弁当を作っている暇が無かったらしく、二人共昼食がないという危機に襲われた。

仕方なくゆかりちゃんが購買に行って、食事を買いに行っている、というので現在に至る。


屋上には珍しく誰もおらず、霊も鞄から飛び出してうろちょろ飛び回っている。

「しっかし……何で理人さんはリングくれたんだろう?」


太陽にかざしてみると、ずっしりとした重量では考えられないほど透明感のあるクリアな輝きを振りまいている。


「……さあ、ね…?」

霊は、意味深な言い方でくるり、と私の周りを一周したかと思うとすぽっと鞄の定位置に潜る。


「奈子ーっ、買ってきたよー」

カンカンカン、と金属階段を響かせ、袋を下げたゆかりちゃんが顔を出した。

「おーおつかれー」

「結構混んでたみたいで、コロッケパン売り切れだったよ。メロンパンでいい?」

「うんだいじょぶ。ありがとー」


大きめの黄緑色のパンを受け取り、腹の虫が急かすので、乱暴に包装を剥ぎ、すぐさま食らいつく。
ほのかな甘さの、柔らかい生地を咀嚼しながらそういえば、と尋ねてみる。


「ゆかりちゃん、昨日なんかあった?」

単に遅刻の理由を聞いただけなのだが、ゆかりちゃんは口まで持って行ったサンドイッチをピタリと停止させた。

「……え?」

「えっと、なんで遅刻したんかなーって…」

「あ、あぁうん。ちょっとね……寝るのが遅くて…」

言われて見ればうっすらクマが出来ていた。しかしゆかりちゃんが夜更かしとは……それこそ珍しい。


「ふうん……」

でもまあ特段気にすることもなく、甘いメロンパンを噛み始めた。
何だか心のどこかに引っかかるような、居心地の悪さを残して。

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