《MUMEI》
Case3
 とくんとくん
自分の心臓の音がやけに大きく、響いて聞こえた
そのうち、この音が無くなってしまうのだと考えてしまえば怖いと感じるものなのだろうが
何故かそう感じなかったのは
ニュースで流れてくる、世界終焉のそれのせいなのかもしれなかった
皆が皆、その時同時に終わるのだと考えれば、自分一人が死を意識する事もないのだから
「最低だ……」
そんな事を考えてしまう自分に嫌悪し、ソファへと身を寛がせてやれば
目の前にそっと、茶の入った湯呑が差し出される
僅かに見上げてみれば妻の笑んだ顔
自分が考えている事などお見通しなのか、頭をゆるり撫でてくる
今夜は、何が食べたいですか?
自分があと半年しか生きられないだろうと告げられた時
このか細く、儚げな程線の細い妻はだが嘆く事をしなかった
それは決して自分に対する想いが何も無いからではない
此処で自分が動揺しては駄目だという強がり故だった
せめて、(その時)を向けるまでは普通通りに、という彼女なりの配慮でもあったのだろう
「そう、だな。庭の畑にナスが生ってたから、焼きナスとかどうだ?」
自分なりにメニューを考えてやれば
それは副菜であって主菜にはならないと口を尖らせる
主菜を考えて欲しいのだとのそれに
自分はソファから腰を上げ、台所にある冷蔵庫へと向かう
開けてみればその中には昨日買った魚が
ソレをまじまじと眺めながら
「煮魚。これでどうだ?」
ちゃんとした主菜だろうと続けてやれば、妻は合格と笑みを浮かべて見せる
いつからかこうやって毎日のメニューを考える事が自分の日課となっていた
好きなものを食べさせてやりたいという妻の気持ちが分かるから
自分は悩みながらも毎日食べたいモノを探す
すぐ作るから待っててくださいね
そう言いながら身を翻す妻
その後ろ姿を暫く眺め、見えなくなるとまたソファへと沈み込む
少し動いただけで怠さを訴えてくる身体
ソレを歯痒く思いながら
だが自分が出来る事などもうないのだと
自分は眼を閉じたまま、考え込むばかりだった……

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