《MUMEI》
6 猫
突き刺すような寒さを纏った北風が、至る所の肌に触れ、ピリッとした痛感がまどろんだ脳を刺激する。

12月特有の、冷たく乾燥した空気の純粋な匂いは嫌いではない。
吸いこんだ空気は体の中に染み渡り、多少浄化されるような気分になる。
まあ、本当に多少だが。

体の熱を吐き出しながら、くすんだ灰色の空を見上げる。

白と灰色のマーブル色に渦巻く雲は、見えなくなる程続いていて、果てしなく視界を覆いつくす。


と突然に、みゃーみゃーという、か細い鳴き声が風に乗って耳に届く。
怪訝思い、その方向を向くと、絵の具が垂らされたような茶や黒が点々とした毛色の子猫が、弱々しくおぼつかない足取りでこちらに近付いて来る。
足は痩せ細り、毛並みもまるで健康状態が良いとは言えない程ボサボサだ。


一体どうやって学校の屋上まで登って来たのか、まるで見当もつかないが野良猫、或いは捨て猫だろう。


みぃ、みぃとやっと聞き取れる程の高い声を漏らしたかと思うと、ぼてっと倒れてしまう。
その場でうずくまってしまい、助けを求めるかのように引きつった声を漏らした。


濁った両目が、俺ではない虚空を見つめる。
それで分かった。



コイツ、目が見えないんだ。
しゃがんで見てみれば、足の付け根の毛には血のような黒ずんだ赤が、毛と共に凝固している。


病気か。はたまた、事故か。

そんな風に考えてるうちに、遂に鳴き声も途切れ途切れになって来て、子猫の体から力が抜けていくのが分かる。

慌てて制服のジャケットを脱いで、子猫を風に当たらないように被せる。
ジャケットの感覚に、子猫は最後の力を振り絞ってか威嚇をしようと立ち上がろうとした。
しかしそれもままならず、喉で枯れた声を鳴らすだけに終わった。


俺は屋上の隅に置いていたペットボトルを持って来ると、キャップに水を注いだ。
ほら、とその水を子猫の前に差し出してやる。

猫は気配で察知したのか、後ずさりを始めようとするが、前足に力は無く持ち上がりもしなかった。

「大丈夫、怖くないから」


最大限の優しさを込めて、そう声を掛ける。

恐らく元々は飼い猫だったのだろうか、もしくは相当にお腹が減っているのかは分からないが、あまり警戒心もなくその小さな舌で水をちろちろと舐め始めた。


懸命に、水を飲もうとする子猫は痛々しく、見ているだけで胸が握り潰されるような痛みを覚えた。

そっと手を伸ばしてあまりにも小さな頭に触れた。
ビクッと体を震わたが、子猫は逃げる様子もなかった。
恐る恐る顔をあげ、見えないであろう光の無い瞳で俺を見上げた。


ゆっくり、ゆっくりぎこちなく撫でてやると、みゃーと先程とは明らかに異なる鳴き声が聞こえた。
子猫は、俺の骨張った指を濡れた舌でちろりと舐めた。




そのまま、しばらく猫は鳴いていた。
それは母を求めるような、悲しみの泣き声だった。

俺は、何も考えずただただ撫でていた。



だから、気付けなかった。




いつの間にか隣に人が居たことに。

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