《MUMEI》 今更手に汗が滲んできた。 恐怖は無いのに…。 私がじっと掌を見つめると、矢吹が口を開いた。 「それは不安だ。」 まるで心の中を覗いていたかの様に、当然の如くさらっと言い放った。 「大丈夫さ。君は強い。この僕が呆れる程にね。」 その一言で、汗は引いた。確かに私、強いかも、なんて思った。 でもきっと誰より強いのは、この男だろう。 「誉められてる気がしないわね。」 普通に笑って、普通に返す。 そして、当分実感出来ないであろう酸素を肺が広がるくらいに大きく吸い込む。 東京ならではの、造られた匂いが充満していた。が、今はそれすらも良く思えてくるから不思議だ。 「いいわよ。」 言うと、一呼吸置いてからゆっくりとボタンを押した。 「さぁ、目を閉じて。存分に楽しんでくれ。僕の最高傑作を。」 それが現実で聞いた矢吹の最後の言葉だった。 前へ |次へ |
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