《MUMEI》
五月■日(曇り)
夜中、台所に立った足裏に何かが当たる。拾い上げてみると、グリンピースだった。雨上がりの夕方にやって来た三毛と、さや入りのえんどう豆をボウルに取り出して、そのまま水につけて置いていた。取りこぼしていたのだろう。えんどう豆はすでに炊飯器で豆ご飯となってしまっている。晩飯は、しゃぶしゃぶ用の薄い豚肉で、アスパラガスと人参を巻いて焼いたものに、大量のキャベツを添える。味噌汁はわかめと豆腐の定番。豚肉は取材で知った、ある研究所で調達して来た。遠出の買い出しから戻るとアパート扉の前にいた三毛は、どうしてか初めて会ったときを思い出させた。実際には、隣部屋の扉の前だったのだけど。奇妙な既視感。僕は一つ、連載の仕事を終えていた。達成感から来る心境の変化みたいなものだろうか。うやむや反芻していて気づく。床の上に裸足では、まだ少し足が冷える。三毛をずっと抱いていたから誤魔化されていたのか。寝床があんまり暖かかったので油断していた。久方ぶりだったはずなのに、なぜかすぐに忘れてしまって、温もりの塊とずっと一緒だったような気になっている。今回わかったこと。身分不相応なことには手を出さない方がいい。ようやく終えた仕事は四苦八苦しての苦行だった。向上心はもちろん大事だが、得手不得手というものがある。見極めることも能力なのだろう。何事も急に偏差値が上がることはないのだ。僕には地道な活動が向いている。三毛は疲れていたのか、丸くなって眠っていた。当分は目を覚まさないだろう。けれど、朝には、いつも通りに姿を消しているのだろうか。

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