《MUMEI》

その声に応えるように坂下の意識を離れ動く身体
無い意識の中、それでも人の肉を切る感触は感じ、漂い始める血のにおいも鼻を衝く程に濃い
「……人を殺したのは、初めてか?」
聞かれたソレに対し坂下は頷いた。様な気がした
その感覚すら今は曖昧で、それが、ひどく怖いものに感じられる
「……初めてにしては上出来だ。首の刎ね方も、悪くない」
相手は満足気な笑みを口元に浮かべながら
足元に転がるヒトの首を徐に拾い上げ、そして高く上へと放りあげていた
ソレを唐突に現れてきた影が宙で食み、そしてふわり相手の肩へと降りてきた
「美味いか?鷹の目」
それは、一羽の鷹
骨を砕く音を立てながら、戴いたソレを嬉しげに食べ始める
「……さて、一度戻るとするか」
鷹の頭を指先で撫でてやりながら相手は身を翻す
坂下も連れ立っていくつもりだったのか、その腕を掴み
だがソレを坂下は振り払う様に拒む
「……お前一人で何ができる?」
嘲笑を向けながら、だが相手は坂下を改めてとらえようとはしない
どうせ何も出来はしない、と言わんばかりのその笑みに
坂下は憤りを感じると同時に、恐怖を覚えた
「……全員、殺せばいいんだろ。そんなん、簡単だ」
せめて、張って見せる虚勢
相手がソレに気付かない筈はないが、何も返しては来ず
そのまま身を翻す
「せいぜい、足掻け。そうでなければ面白くない」
嘲笑混じりに言い放ちながらその場を後にしていた
坂下は暫くその場に立ち尽くし、その後ろ姿を見送る
だがこのまま此処に居ても何も始まらないと身を翻した
兎に角、生き残るしかない。人を、殺してでも
刀を握り返し、歩くことを始めた次の瞬間
「……あなたも、13に選ばれた」
目の前に、少女が一人現れた
純白のワンピースを靡かせるその少女を見やれば
右眼の下に、13の痣があった
「……どうして、あなただけ救われようとするの?」
13は必要のない数、消えなければならない存在
少女はうつろな視線を坂下へと向けてくる
まるで観察するかのように坂下の全身を眺め見
そして、ゆるり首を横へ振る
「……あなたは、本当の13じゃない」
僅かに表情に影が差す
一体どういうことなのかを坂下がつい問うてみれば
「……本来、13には必ず右目の下に痣が現れる。でもあなたには、それがない」
少女が顔を上げ坂下を見上げてくる
13でない
その言葉に、何となく救われた気になった坂下だったが
だが、腑に落ちない事が多々あった
「あいつは、俺を13だって言った」
「あいつ……?」
解らないと小首を傾げる少女を引き寄せてやり
坂下はその耳を自身の胸元へと宛がう事をする
身体の奥で鳴る、二つの異なる心音
一つは坂下自身のソレ、もう一つは
「……あの人と、接続したの」
それで理解したのか、少女は眼を僅かに見開く
視線を突然い伏せたかと思えば、一人言に呟くことを始め
坂下を見上げたかと思えば、手を引いてきた
そして坂下の指に残る噛み傷を睨み付けると徐に口に含む
何をするのかと驚き手を引こうとするが出来ず
付けられたソレをまるでいたわるかの様にその舌が触れてきた
「……私と、つながる?」
「は?」
「……あの人は、何を企んでる。それは多分、とても怖い事。だから」
途中、言葉を区切り少女がその指を口に含む
感じる、僅かな痛み。新たな血が流れ坂下を更に汚していった
途端、それまで感じていた別の心音は失せ
別の、小さく早い鼓動が坂下自身の内に現れた
「……あの人は多分、救いたいんだと思う」
「……救いたい?」
一体どういうことなのか
続けて問う事をしてみるが、相手からは何の返答もない
離す気がないのか、坂下からあからさまに視線を逸らす少女
だが坂下もここで引き下がってやるつもりはなかった
「……今はまだ、話せない。でも安心して。私は、あなたを裏切らない」
「ソレ、なんか根拠でもあんのか?」
「……そんなもの、ない。でも裏切らないから」
信じて欲しいと見上げてくる顔は何となく寂し気で
坂下はどうにも悪い事をしている気分になってしまう
「……ま、このままじゃ唯殺されるだけか」
何も足掻く事をしないまま無様に殺されるよりは

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