《MUMEI》

 真夜中、目が覚めて一人途方に暮れる。
 居座る魔物を力ずくで押さえつけ、戻ってきそうにない睡魔は早々に諦めた。
 遮蔽がない下宿の硝子窓から見えるのは、長年幾重にも折り重なった雲に覆われた空だけで、滞りない。
 少女が生まれる前からの事象である。
 部屋を抜け、ひと気のない暗い路地へと滑り出る。
 大通りは恐らく、いまだ雑多な喧騒に溢れているに違いない。
 彼女は暗闇と同化する。
 反射するもののない、湿気を含んでねっとりとした闇に沈んで、自身の瞳も何も、全ての見分けがつかなくなる。
 いっそ本物に融けてしまえればいいのに。
 歩みは廃校になった学校に向かう。以前、通っていた場所だ。
 近辺で一番の高台にあり、寂れた建物の管理は杜撰になっていた。警備系統のどこかに不備があるのか簡単に侵入者を許している。
 おかげで彼女も恩恵に与っているのだった。
 最終目的地は校舎の屋上である。
 綺羅綺羅星を唄いながら、床敷材に硬い足音を響かせて、屋上への階段を上り切る。
 いつも少女が、もたれて空を見上げている手すりに人影があった。少しだけ猫背で少しだけ背が低い。
 自分専用の場所を横取りされたようで、憤懣やる方なかった。
 抗議の声を上げるか黙って踵を返すか悩み、躊躇している間に気配で人物が振り向いた。
 少女と同年代に見える少年だった。耳にある紅い鉱石の装飾品が目立つ。
 日に焼けた容貌には見覚えがなく、地元の人間でないことは知れる。
 余所者に関わって得をすることは皆無に等しい。
 踵を返す方を選択した彼女の片腕がふいに、強く掴まれた。
「あの歌声は、あんたが?」
 いつの間に距離を狭められていたのか、振り向いた顔を間近で覗き込まれて息を呑む。
「綺羅綺羅星だよ。あんただろう?」
「だったら、何」
 振り解こうとした腕が逆に引っ張られて、同じくらいの背丈の少年の胸に、少女の体が当たる。
 何故かそのまま背中に、彼の両腕が回されていた。

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