《MUMEI》

 「買い物?」
その提案をしてきたのは、相手の整備をしに来た両親からだった
仕事の際に必要な器具が足りないとの事で
ソレを小野坂に買ってきてほしいとの事だった
「何で俺が……」
外出する事があまり乗り気でない小野坂はあからさまに嫌そうな顔
両親はその様に苦笑を浮かべながら
「頼む、良。私たちは準備で手が離せないんだ」
「……そんなに、今すぐ要るもんなのか?」
どうしても買い物に出なければだめなのかを言外に含ませながら問うてやれば
両親は頷いて見せる
どうにも断れない雰囲気で
小野坂は渋々腰を上げるしかない
「良、俺も行きます」
整備を終えた相手が、小野坂の手を取り外へ
小野坂の返答を聞くより先に手を取り先を歩き始めた
「ちょっ……、手ぇ!」
意識してしまう。自分以外の、他人の感触
振り払ってやろうとした瞬間、相手が徐に身を翻し
「俺が、怖いですか?」
唐突に、問うてきた
そんな筈はないだろうとは、即座には返せなかった
ヒトは、他人はいつまで経っても怖いものだと
小野坂は顔を俯かせる
「……良?」
気付けば心配気な顔が目の前
頬に手が触れてきたかと思えば、顔を上げさせられる
その手を振り払って、今すぐにでも逃げてやりたい
そんな衝動に駆られたが
強く俺は、握られている腕がソレを許さない
「……俺はヒトじゃない。まずは、俺と居る事に、慣れて下さい」
モノだと思えばいい、と続ける相手
そう思えればどれ程楽になるだろう、と
また俯いてしまいたい衝動に駆られたが
触れたままの相手の手がソレ許さなかった
「……何とか、慣れてみるから」
ようやっと視線だけは逸らしてやりながら返してやれば
相手が表情をフッと緩ませる
「買い物、行きましょうか」
小野坂の返答を待つことなく、相手は外を歩き始めた
慣れるといった手前、振り払う事は出来ず
小野坂は唯されるがまま相手の後を付いていくしか出来ない
「何か、欲しいものとか無いですか?後、食べたいモノとか」
「……別に、ない」
全く思いつかず短く呟く
相手は瞬間驚いた様に小野坂の方を見やったが、直ぐに表情を緩ませ
「なら、今日は俺に付き合ってください」
お願いします、と笑みを向けられた
この笑みは、苦手だ。どうしても、否とは言えなくなってしまう
そもそも、この人を模した機械は何を買おうというのか
仕方なく付いて行ってみれば
「……スーパー?」
近所のスーパーマーケットだった
随分と人間らしい場所に行く、と
小野坂は相手の横顔を何となく眺め見ながら
そして不意に、とあることを思い出す
「……そういや、名前」
「はい?」
「名前だよ、お前の名前。まだ、聞いてない」
教えて欲しい、と相手を見上げてみれば、なぜかその表情は困った様なソレ
どうしたのかを問うてみれば
「すいません。俺には、識別用NO.はあっても、(俺)としての名前はないんです」
だから名乗る事が出来ないのだとの相手
顔を俯かせてしまう相手の表情は何となく寂し気で
小野坂は何かを考え始めたのか暫く無言、そして
「……じゃ、ロイドで」
「え?」
「アンドロイドの、ロイド。安直で、悪いけど」
謝ってやれば相手は瞬間虚を突かれた様な顔だったがすぐ首を横へ
気に入ってくれたのか、嬉しそうに顔を綻ばせた
「ロイド……。俺の、名前」
「他のが良けりゃ、他の考えるけど」
流石に安直すぎはしないかと付け足す様に言葉を続けるが
相手はまた首を横へ
どうやら気に入ってくれたのか、満面の笑みを浮かべて見せる
よく変わる表情
自身が持っていないものをこの機械は持っている様な気がする、と
小野坂はつい顔を逸らしてしまう
「じゃ、良。買い物、しましょう」
逸らしたばかりの顔を引き戻され、相手・ロイドが小野坂の手を引く
丁度、夕食時のスーパー
ヒトばかりが多く、小野坂は息苦しさを覚えてしまう
「良?どうか、しましたか?」
段々とゆるくなっていく歩みに気付き、ロイドが顔を覗き込んでくる
だがなんと説明すればいいのかがわからず小野坂は口籠ったままだ
「……今日は、カレーにでもしましょうか」
売り場に並ぶ野菜たちをみながら、ロイドがそんな事を言い始める
小野坂自身、メニューに異論はない。

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