《MUMEI》

 浴室から上がっても、ミユウはまだ端末を操作していた。
「あのさ」
すでに空になった皿を手に持ちながらタイキは言った。
「僕、今日学校あるんだけど」
「うん。いってらっしゃい」
ミユウは片手を挙げてヒラヒラさせた。
「いや、そうじゃなくて」
「なによ?」
ようやくミユウは端末から顔を上げる。
「なによって……。まさか今日一日ずっといるつもりとか?」
「悪い?」
「悪いだろ、普通。自分の家へ帰れよ」
呆れ気味にタイキが言うと、ミユウは「そんなのないし」と答えた。
「え、ないって……?」
「だから、ないのよ。家」
めんどくさそうに言いながら、ミユウは再び端末に視線を落とす。
「なんで?」
 皿を流しに置き、ミユウの向かい側に座りながらタイキは聞いた。
「ないものはないの」
「いや、答えになってないし。じゃ、今までどこに寝泊まりしてたわけ?」
「そりゃ、車とか、ホテルとか。まあ、だいたいホテルね」
「……その歳でホテル暮しってどうよ?」
「うらやましいでしょ」
「全然」
タイキはため息をついて首を振った。
「ああ、じゃあ、まあいいや。僕、学校行くから」
「うん、いってらっしゃい」
ミユウはさっきとまるで同じ口調と仕草でそう言った。

「……いてもいいけど、部屋の物つつくなよ?」
「はいはい」
「特に僕の端末、つつくなよ?」
「わかったって。ほら、早く行かないと遅刻するよ」
 タイキは疑わしげな視線をミユウに送ってから、制服を手にトイレへ移動した。

「なんで僕がトイレで着替えなきゃいけないんだ。僕の部屋なのに」
そう愚痴りながらも、ミユウに強く言えない自分を情けなく思う。
「……じゃ、いってきます」
「留守は任せて〜」
そんなミユウの声を背中に受けながら、タイキは部屋を出た。

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