《MUMEI》
3
 「……最近、なんか、静かだね」
休日の、昼下がり
そんな事を岡本が徐に呟いた
丁度昼食時だった前野らは食べる手を一瞬止め
何気なく、視線を上向かせる
「……そういや、そうだな」
「良い事、だよね」
「まぁ、いいことだとは思うけど……」
嵐の前の静けさ
そんな言葉が前野らの脳裏を掠め、その予感はすぐ現実のソレとなる
「お邪魔するわよ〜!」
けたたましく表戸を開け放ち、入ってきたのは一人の女性
無遠慮にロビーまで入り込むと
「あら、二人とも。相変わらずいい男」
前野らへと向いて直り、お世辞のおまけにウィンクを一つ
その喧しすぎる登場に前野は溜息ひとつ、村山は苦笑を浮かべるばかりだ
「……お母さん、少し煩い」
「あら、千秋。やっぱりこっちに来てた〜」
現れたその賑やかな女性は岡本の母親・千鶴で
一体どうしたのかを前野らが問うてみれば
「……え、と。あの、ね」
何故かひどく言いにくげで
何があったのか知っているのかと岡本へと向いて直れば
「……お父さんと、喧嘩したの」
何とも単純な理由、つまりは家出で
だがその家出先としてここを使うのは勘弁してほしいと
前野は深々しい溜息だ
「・……それで?原因はなんなんだよ?」
一体なにを理由に喧嘩をしたというのか
一応は聞いてやろうとしているらしく、前野は千鶴へとロビーにあるソファを勧める
「……なっちゃん、聞かない方がいいと思う」
どうせ下らない理由だろうからと岡本
娘からの冷静過ぎる反応に、母親はジワリ涙を目尻に溜めながら
「千秋、その言い方酷い」
すっかり項垂れてしまう
「まぁまぁ、千秋」
その様を見、村山が岡本を窘め
そして母親へと向いて直り、改めてその喧嘩の原因を問うた
「……本当に、大したことじゃ、ないんだけどね」
「聞くから。なんでも話してみて」
聞いてみない事には事の収拾には向かわない
村山がやんわりと強制してやれば
母親は深く息を吸い込み、姿勢を正しながら
「……食事の事で、ちょっと揉めちゃって」
聞いてみれば、まぁよくある夫婦喧嘩で
これについては他人がどうのこうの口出せる問題ではない、と
村山は苦笑を浮かべる
「……どうせ私は料理下手よ。でも、一生懸命つくってるのに、あの人ってば――!」
一度吐き出してしまえば止まらなくなってしまい
次々に愚痴を零し始めていた
「なぁ、千秋」
その様を見ていた前野が徐に岡本を呼ぶ
何かと向き直ってくる岡本へ、前野は溜息を吐きながら
「……お前の母ちゃん、相変わらずだな」
「うん。相変わらず」
「……道理でお前が歳に似合わず落ち着き払ってるわけだ」
どうしようもない、と前野は引き攣った様な笑みを浮かべ
この現状を如何に打破してやろうかと思慮を巡らせる
「……おいしい、ご飯」
「は?」
行き成りな岡本の声
それが一体どうしたのかを問うてみれば
「……お母さんが、美味しいご飯、作れるようになれば、大丈夫」
だから教えてあげて欲し、と訴えられる
「……那智。今までで一番の難題かもな」
「ってか、こっちに振るなよ」
面倒事に巻き込まれたくないと前野
だが僅かに視線をずらせば訴える様な岡本の目があり
否とは言えなくなってしまう
「……千秋。お前、その眼は卑怯だろ」
絶対に解ってやっている
その顔に、前野が逆らえないという事を
「……解った。お前の母親に料理教えりゃいいんだろ」
結局、負けるのは前野
面倒くさげに髪を掻き乱しながら、母親へと向いて直り
「千鶴さん、取り敢えずなんか作ってみて」
取り敢えずはその腕の程をと言う事で作ってもらう事に
戸惑った様子で、だが頷いた母親は台所へと立ち
冷蔵庫から卵を取り出した
目玉焼きでも作るつもりかと眺めていると
母親はその卵を皿へと乗せ、それをあろう事か電子レンジへ
「――!?」
電子レンジにかけられた卵がどうなるか
前野と村山が同時に止めに掛るが時すでに遅し
爆音を上げ、その卵は破裂した
「……電子レンジ、ぐちゃぐちゃ」
相も変わらず冷静な岡本
見ればレンジのふたは弾みで外れ中は卵塗れ
最早使い物にならなくなっていた

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