《MUMEI》 狂気深夜、満月が西に傾き始めた頃――。 ジークはそっとベッドから起き出した。 手には剣。 ティアラは、仕切りをはさんだ向こう側で、規則正しい寝息をたてている。 ジークは、自分の当初の目的を果たすべきか、ずっと迷っていた。 というのも、ティアラと出会ってから、なぜか毎日が心地よかったからだ。 それがジークの決意を揺るがせていた。 が、夕食の席で聞いた話に後押しされたのだ。 もうこれ以上、決断を先延ばしにはできない。 今『鍵』を末梢しなければ、俺はこれからもずっと、『扉』として生きていかなければならなくなるのだから。 ジークはぐっと剣を握り直すと、ゆっくりと 立ち上がった。 そっと仕切りを避けると、ティアラが壁の方向を向き、胸に黒猫を抱いて寝ているのが見えた。 ジークは誰も起こさぬよう慎重に近づき、逆手に持った剣を頭上に掲げた。 窓から差し込む月光が、怪しく美しく、刄に反射する。 切っ先は、真っすぐにティアラの肋骨の下辺りに据えられていた。 ここに剣を突き刺せば、刃がすんなり心臓に到達すりことを、ジークは知っている。 これで全てが終わる。 長かった旅も、ここ二週間のなぜか心地よかった毎日も、『扉』であるが故に通ってきた辛い日々も、……全て。 ジークはしばらく静止した後、勢いよく剣を振り下ろした。 その時。 ティアラとの間に拳一つ分の距離を残して、ぴたっと剣の動きが止まった。 ティアラが寝返りを打ったからだ。 むにゃむにゃ寝言を言っている。 ジークは何の気なしに耳をすました。 「うーん、ジーク……黒ニャン――」 顔にはほんのり笑みが滲んでいる。 ジークの決意はあっけなく崩れ去った。 ジークは、ずるずるとその場に座り込んだ。 直後、ティアラの目がゆっくりと開いた。 あぁ、初めて会った時と同じだ。 期せずして、ジークはそう思った。 「やだ、ジークったらそんなとこに剣持ったまま座り込んだりして。どうしたの」 「月……」 焦ったせいか、単語しか出てこなかった。 「月の光があまり綺麗だったから眺めていたんだ」 我ながら下手な言い訳だな、と内心呆れながらも言う。 案の定、ティアラはくすり、と笑った。 「変なジーク……ねぇ、私、もう一回寝るわ。じゃないと、明日起きられなくなるもの。あなたも寝たほうがいいと思うわ」 「……そうだな……起こして悪かった」 そう言って仕切りの向こう側へ戻って行く彼は、その背中にティアラが「おやすみ」と呟いたことを知らない。 前へ |次へ |
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