《MUMEI》
別れ
手術が終わりました。あなたは安らかな顔で眠っていました。いえ、眠っているようでした。手術が成功したのかというとそうではありませんでした。失敗です。絶望の前に何が起こっているのかが分からなかったのです。聞きなれない音が耳を満たします。
 ピー――
 小さな機械で人の生命が判断できるこの世の中、私はそんなものを信じていません。無機質な小さな機械が人の命なら私やあなたの命はありません。悲しみの詰まった海のようにあなたの命はとても広く、そしてすんだ色をしています。私はそのすんだ色の命に何度も救われました。人の道を外れそうになったら本気で叱ってくれた。嬉しいことがあったら一緒になって喜んでくれた。その輝く笑顔を飽きることなく見ていた私にはあなたのいない世界が考えられませんでした。学校ではそれなりにうまくやっていたけれどやっぱりあなたという大切な人がいなくなっては嫌なものです。冷静にあなたを回収しようとする人たちを追い払いました。無慈悲な、自分の利益しか考えない人たちが私を取り囲みます。強引に回収するつもりなのです。あなたは安らかな顔です。とても死んでしまっているようには思えません。
「お母さん」
 久しぶりにそう言った気がしました。また涙が流れます。海が増えます。津波が押し寄せ私をさらおうとします。
「お母さん、お母さん」
 舌が張り付き、喉がかさついたけれども最後の言葉を振り絞ります。
「今までありがとう。大好きです」
 何度も言った言葉。この声は雲の上のあなたに届いたのでしょうか? もっと見守ってほしかった。孫の顔を見せたかった。仕事についている私を見てほしかった。そしてなによりもっと一緒にいたかった。
「大事な人を作るんだよ」
 空っぽの病室に懐かしいあなたの声が響いた。そんな気がする。

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