《MUMEI》
心の支え
10時。
いやに日が照ってきたのを不快に思い、カーテンを全て閉めきった。
せめて今だけは気を楽にしていたいと思い、ベッドに寝そべり壁に設置してある薄型のテレビを点けてからはや30分。
この時間帯は大体のチャンネルがニュースやワイドショーで、学生の私にとっては面白味がないものばかりだ。
かといってテレビを消しても何もすることがない為、適当にチャンネルを選びリモコンを置いた。

芸能ニュースが終わり天気予報にと切り替わり、キャスターがしばらくは快晴が続くと告げる。

…あれから、天気を連想させる単語を聞くたびに、いちいち何とも言えない感情になる。

雨が降ってほしい。
そう思ってならない。

「はぁー………」
深い溜め息を吐くと、くしゃくしゃになったシーツを引っ張ってそれにくるまった。
テレビから流れてくるコマーシャルの陽気な音楽とは裏腹に、私の心はただ沈んでいた。


…ふと、何か重要なことを忘れている気がした。
今日は日曜日で、家事さえ終わらせれば特にすることはないはずだ。
だが何か……。

………あ。

…………妹だ。

一応、父からの暴力の対処法と逃げ場所は教えているが、まだわずか7歳の妹を父とふたりきりにするのは心許ない。

「……行かなきゃ」

私はベッドから起き上がりテレビを消すと、糸崎さんが洗濯してくれた私の制服に着替えた。
少し裾が破れているが、このくらいは自分で直せる。
そして大分汚れてしまった運動靴を履き、扉を開けた。
白戸さんに、鍵は閉めてから受付に持っていけと言われていたことを思い出し、きちんと鍵が閉まったのを確認して、足早に長い廊下を歩いた。

エレベーターに向かう途中、昨日の女性、糸崎さんと出くわした。
「あれあんた、もう帰んの?病み上がりなんだからゆっくりしてきなさいよ」
「いえ別に病んでた訳では…じゃなくて、今日は用事があるので…」
「そおー?あんま無理しちゃ駄目よー」
気を使ってくれたことを少し嬉しく思い、頭を下げて進もうとした瞬間彼女が口を開いた。
「そーいや白戸がねー、今は仕事でいないんだけどさ、あんたのこと随分心配してたわよ。あいつが他人の心配するなんてまー珍しいこと」

……心配?

「ま、なんかあったらまたおいでー。ばいばーい」
そう言い残すと、彼女は煙草の火をつけながら去っていった。
医師が病院の廊下で煙草をふかすのはどうかと思うより先に、彼女の台詞を頭の中で何度も繰り返した。

……心配。
白戸さんが……。


エレベーターを降りて、受付人に鍵を手渡すとすぐに自動ドアを通り外に出た。

……もう薬品のきついにおいはしない。

前を見ると、昨夜、私が倒れた公園があった。

今は日曜日の午前中。
その為園内は子供達でいっぱいだ。
まだ所々に水溜まりがたまっているが、子供達は気にせずに走り回っている。

昨夜私が倒れたベンチには、その子供らの母親らしき人達が駄弁っている。

その様子を見ていると、あの大雨の夜が幻のように思えた。


「………また来いって、言ってたよね」
小さく呟いた。

また来てもいいんだ。
そう思うと、少し希望が持てた。

家にも学校にも居場所がなかった私は、本当はずっと探してたんだ、いていい場所を。


………また、お邪魔しますね、……白戸さん。

少し頬を緩めながら、私は病院をあとにした。

これからも辛いことは続く、本当に沢山。


…でも、しばらくは頑張れそうだ。

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