《MUMEI》

だが何を語るでもなく、坂下から自身の腕を奪うように取ると
僅かに視線をずらし、(世界)へと目配せをした
また響く咆哮
そして(世界)の姿が歪なソレから更に歪に変わったかと思えば
少女の全てを、覆い始めていた
「嫌。な、何!?」
徐々に身体を喰われていく苦痛に叫ぶ声を上げる少女
助けを求める様に坂下へと手を伸ばし
だがその手は男によって遮られてしまう
「娘、一つ聞かせろ」
少女の骨が噛み砕かれるようなその音を聞きながら
それでも問う声は淡々と、更に言葉を続ける
「……お前は、何故この場所を知っていた?」
本来ならば13に選ばれた者にしか知らされないはずだとの指摘に
少女は段々と目をうつろなソレへと変えながら
「……お母さん、言ってた通り、進んだ、だけだもん。ソコに、世界が居る事も、お母さんから聞いた」
全ては母親から聞いた、との少女
息も絶え絶えに、それでも言葉を発する少女を男は一瞥し
ニヤリ口元を緩ませた、その直後
一際大きな音を立て、少女の身体は(世界)によって噛み砕かれてしまっていた
一体、何が起こっている?
何もかもが現実味がなく
坂下の頭は考える事を拒否し始めていた
「……やはり、こうなってしまった」
聞こえてきたのは、か細い声
僅かに視線をずらして見れば、坂下の真横に小さな影が現れる
「お前……」
目の下に13の痣を持つ、あの少女だった
「……あの子は、(鍵)だった。もう、あれを止める術は、ない」
少女は(世界)の方を見やりながら
それまであまり変わる事のなかった少女の表情が苦いソレへと変わっていく
「……あなたは、何を考えているの?」
その問いで答えが返って来れば事は簡単だった
唯ソレを阻止すればいいだけの事
だが相手は語る事をやはりしなかった
「……覚えておけ、透子。すべてはもう、始まったのだよ」
嘲笑とともにそれだけを言い放つと、相手は身を翻しその場を後に
後に残されたのは坂下と(透子)と呼ばれた目の前の少女
唯何をするでもなくウゾウゾと蠢くばかりの(世界)を暫く眺め
透子がゆるり首を振り始める
そして(世界)へと憂う様な一瞥を向けると透子は坂下の手を引き
逃げる様にその場を離れた
「……これじゃ、あの人だけが救われない」
目的無く歩き続ける最中、透子が独り言のように呟く
救いたい、救われない
そもそもこんな世界に(救い)などという慈悲があるのか
坂下には分かる筈もない
「……あなたには、全部話す」
脚を止め、透子は手近にあった縁石へと腰を降ろす
坂下にも座るよう促し、そしてゆるり話す事を始める
「最初はあの(世界)にも意思があった。でも」
途中、透子は言葉を詰まらせながら
ソレでも息を飲み込むとまた話始める
「人が増えるにつれ世界の意思は、ヒトの欲望に塗りつぶされていったの」
その結果世界は壊れ
壊れてしまった世界は己を修復しようとヒトを喰らい始めた
「……本当はこんな事させちゃダメ。でも、どうしたらいいのかも、解らなくて」
ソレを止める手立てが何もないのだと顔を伏せる透子
この少女は(全て)を救いたいと思っているのだ
世界も、そしてヒトも
「どうすれば、いいと思う?」
始めて聞く、乞う様な声色
だがその問いに関する答えを持っている者などいるだろうか?
もし持っているモノが居るとすれば、唯一人
あの男しかいなかった
「お前、なんでそこまでしてあいつを助けたい?」
「え?」
そうさせるだけの理由があるだろうことを指摘してやれば
少女は言い悪げに顔を逸らし、首を横へと振って見せる
言いたくないのか、それとも言えないのか
だが、どうすればと言葉を求めてくるのならば
全てを話すのが道理だろうと透子に言って向ければ
その口調が強くなりすぎたのか、透子の目尻にジワリ涙が滲んだ
始めてみるその涙に坂下は瞬間驚いてしまう
「……解らない。だから、助けてほしい」
縋ってくる透子
坂下の服の裾を握ってくるその手は微かに震えていて
矢張りまだ幼い少女なのだと実感させられる
「……分かったから、泣くなって」
実際の処は何一つ解らない
坂下自身に一体何ができるのか、その答えを今時分切に求める

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