《MUMEI》
曇天
17時。
先程の雨は止んで、段々日が陰ってきた現在、私は一丁目の病院前の公園で立ち尽くしている。

…やっぱ無理。

私は自分でも嫌気がさすほどの臆病者だった。
学校から約30分はかけてここまで来たというのに、今さら怖じ気づいてしまっているのだ。
でも白戸さんはこの時間帯はまだ仕事中のはず。
私のような学生とは違って忙しい身なのだ。
私がここに来たのは、別に白戸さんに特別な用事があってここに来たわけではなく、ただ私が彼に会いたいというだけの個人的な理由でだ。

「………絶対迷惑だよね」

やっぱりまたにしよう。
結局そういう結論に至り、踵を返した。

…本当にいやになる。
これからもこんな調子だと、きっと一生彼に会うことなんてできない。

……それはいやだ。

やっぱり少しだけ、本当に少しだけ。
本当に一目見るだけでいい。
そうしないと、私の心はいつまでたっても晴れない。

そう思い、私は再び病院に向かおうとした。


………その時、視界に信じがたいものが映った。

いや、……人違い?

それはない。
私の立っている場所からは本当に遠いが、身間違えるはずがない。

私の生まれた時から知っている人間。
私の唯一信用している人間。

その人は、見知らぬ男と腕を組み、私達には一度も見せたことのない笑顔を振り撒いている。


「…………嘘でしょ?」


「………母さんまで、私を裏切るの?」


……そんなわけない。
そんなわけない。
母さんは私を愛してくれている。
絶対そうだ。
…………そうだよね?


「なんで………?」

やめてよ。
どうして私ばっかり。
私はなんにも悪いことなんてしてないのに、どうしてこんな、こんな惨めな思いをしなくちゃならないの。

曇天模様の空の下で、私はとうとう涙が零れた。
大粒の涙が、とめどなく流れていく。
嗚咽を止められない。

悔しい。
悔しい。
なんで私ばっかり。


…………もう、嫌だよ。




「………何してんだお前、そんなとこで」


……………あ。

……………………白戸さん…


たった今、私はあの女のせいで本当に人間不信になった。
誰にどんな綺麗な言葉を並べられても、偽善としか思えない。


………それなのに、

相変わらずの仏頂面なのに、どこか心配そうに私を見つめる彼のことは、


…どうしてか、全くもって憎めそうにない。

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