《MUMEI》

前野に続き、逃げを決め込んできたらしく
取った煙草を銜えながら口元を緩ませて見せる
「……俺、暫くは肉じゃがいらね」
「俺もだな。流石に今日のはきつかった」
「酒飲みてぇ」
つい愚痴る様に言ってみれば
その二人の首元に、不意打ちに冷えた缶ビールが当てられた
行き成りのソレに向き直ってみればソコに岡本の姿が
「千秋?どした?」
驚いた村山が問うてみれば
岡本は持っていた缶ビールを各々二人へと手渡してくる
「……コレ、お父さんから」
「啓太さんから?」
今日一日、二人の労をねぎらってくれているのだろうソレ
前野と村山は顔を見合わせ肩を揺らすと有難く頂戴する事に
「千秋も、少しここで休んでいかない?」
そのままソコを後にしようとする岡本を引き留め
村山は自身と前野の間を指差す
おいでおいでをしてやれば、岡本は躊躇しながらもソコにすっぽりと収まった
「千秋って、狭い所結構好き?」
何となく嬉しそうな顔の岡本
村山の問い掛けに答えて返す事はしなかったが
その表情で村山は何となく察したらしい
岡本は前野と村山の間に収まるのが好きなのだと
「……そっか。俺も好き」
膝を折り、岡本と視線を合わせてやりながら村山が岡本の頭を抱き寄せる
この不器用な幼馴染の少女が可愛くてどうしようもなく
それは前野も同様だった様で、岡本の頭を掻き乱す様に撫でてやった
「……ありがと。二人共」
この二人の前でなら素直に甘えられる
そうさせてくれる二人が、岡本は言葉にこそ余りしないが大好きだった
「……そろそろ、戻ってみる?」
改めてそんな事を考えてしまえば何となく照れてしまい
岡本は誤魔化すように身を翻すと下へと降りていく
珍しく感情も露わにした岡本へ
二人は互いに顔を見合わせ肩を揺らすとそのあとを追うた
「どうした?千秋」
途中、何故か居間への戸を開いたまま入ろうとしない岡本
正面を見据えるその先を二人も追うて見た、その先には
先の二人動揺卓の上で突っ伏している啓太の姿があった
「……お父さん、倒れてる」
一体ベランダに居たあの短時間にどれだけの量を食わせたのか
すっかり顔の色も失せてしまっている啓太の様に
前野らは岡本の手を取り踵を返すとまたベランダへと引き返す
「……なぁ、那智」
「なんだよ?」
「お前がさっき千鶴さんに勧めたのって、すき焼きのタレ、だよな」
「その筈だけど?」
「濃い薄いの味の違いはあれど、普通アレ使えば失敗しようがないだろ」
「ま、普通はな」
「……お母さんを、(普通)で測っちゃダメ」
自身の母親に対し、その言いぐさはどうなのかと思いながらも
ついつい納得してしまう前野と村山だ
「……徹底的に料理のセンス無しだな」
最早、誰かがどうにかできる状況ではないと二人は溜息を吐いてしまう
だがこのまま放り置く事も出来ず、どうしたものかと頭を抱える羽目に
「……大丈夫。私が、作るから」
悩み込む二人へ、岡本からのおも室な言葉
母親の代わりに料理を作ってやろうという意気込みか
だが料理が出来るのかと、つい二人は岡本の方を見てしまう
「私、頑張る。だから、二人とも」
教えて欲しい、と可愛らしいおねだり
その手を使われてしまえば二人に否を返せる筈もない
仕方がない、と吐いた溜息が返事の代わり
残った食材を使い、岡本に手解きを始めたメニューは
コロッケ
母親より筋が良いようで、教えてやれば手際もよく造っていく
「できた」
トレイに並んだコロッケ達
ソレを揚げてやり皿へと盛ってやれば
岡本の表情が嬉しそうに綻んでいった
「みんなに配ったら、食べてくれるかな?」
母親の騒動に巻き込んでしまった、せめてものお詫びにと
気遣うのが母親と違って上手いものだと前野と村山は肩を揺らし
大丈夫だろう、と頷いて返す
「……良かった。じゃ、私配ってくる」
小走りにその場を後にする岡本、その後に二人も続く
最初は、花宮
戸をノックし、どうぞの声で中へと入る
「あら千秋ちゃん。それにあんた達まで。どうしたの?」
態々部屋を訪ねて来るなんて、と意外そうな花宮へ
岡本はおずおずと作ったコロッケを差し出す
「千秋ちゃん、これ……」
「さっきの、お詫び。お母さんが、ごめんなさい」

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