《MUMEI》

何もないのならいい、と手を離すと、小野坂は帰路を進み始める
家に帰り着くまでのその間、互いの間に何故か会話はなく
本当は何かあったのではと小野坂は訝しみ
家へと帰り着くなり、玄関先でソレを問い詰めてやった
「……お前、なんか隠してないか?」
「いいえ。何も」
何も、と言いながら、だがロイドはあからさまに視線を逸らす
あからさまに、様子がおかしかった
「……ロイド」
「何ですか?」
「正直に言え。親父に、何吹き込まれた?」
どうしても言おうとはしないロイドへ
どうせろくなことではないのだろう、と顔を間近に言い迫ってやれば
次の瞬間
ロイドが坂下の両手首を掴み上げ、そのまま床へと引き倒していた
「――!?」
突然のソレに身構える事が出来ず
坂下は壮快に後頭部を床に打ち付ける羽目に
何をするのかと顔を顰めてやりながら問い詰めてやろうとすれば
ロイドの唇が坂下のそれを多い、声を喰っていく
何故、どうして
呼吸も儘ならず、段々と薄れていく思考
この機械だけは自分を傷つける事はしない
そう、信じていたのに
「はな、せ――!!」
何とか触れてくる唇を振り払い、ロイドを突き飛ばす
訳が、解らない。この場から今すぐにでも逃げ出したい
その感情で身体が逸り
坂下は靴を履く事も忘れ外へと飛び出す
「良!!」
背後からのロイドの叫ぶ声が聞こえる
だが聞きたくない。振り返りたくない
自分は今、どんな顔をしているだろう
そしてあの機械はどんな顔で自分を見ているのだろう
そう考えると、何故か怖くてたまらなかった
「……もう、嫌だ」
人目から避ける様に脇道に入り、膝を抱え蹲る
どれくらいの間ソコにいたのか
気付けば辺りはすっかり宵の入り
だが小野坂はその場から動こうとはせず、唯々ソコに在った
「ねぇ、君。こんな所で何してんの?」
不意に小野坂に覆いかぶさってきた声
ぼんやりと顔を上げてみればソコに居たのは見知らぬ男
自分に何の用だと訝しめば
「ね、一人なら少し俺に付き合ってくれない?」
唐突にそんな台詞
自分を女と勘違いしているのかと睨み付けてやれば
返事をして返してやるより先に腕を取られてしまう
「――!?」
そのまま小野坂の手を引き歩き始めてしまった相手
離せと口を開き掛けた、次の瞬間
「その手を、放して戴けますか?」
弾く様にその手を払いのける別の手
それが誰のものなのかを確認する間もないまま
小野坂の身体はその腕の中へと抱き込まれる
「……ロ、イド」
それは今しがた、逃げ出してきたばかりの相手のソレ
だがその存在は小野坂に安堵の溜息を零させていた
「……すいませんでした、良。あんな事、矢張りすべきではなかった」
してしまった事への謝罪
小野坂の身体を強く抱きしめながら、その声はかすれ微かに震えている
そう、この機械は何も悪くない。悪いのは
「……あの、阿呆親父が」
一体何を考えているのか
問い質してやりたいとも思ったが、それ以前に今は顔が見たくない
「……帰りましょう、良。もう、夜も遅いですから」
子供に言って聞かすようなロイドのソレに
小野坂はゆるゆると首を振り嫌々をし始める
「――っ!」
その小野坂の様に痺れを切らしたのか
ロイドは明らかな皺を眉間へと寄せると、有無を言わせず小野坂を横抱きに
「離せ、ロイド!!」
「聞けません!このまま帰りますよ!」
「嫌だ!!」
「良!」
若干声を荒げてやれば、小野坂は声を飲み込む
互いが互いに無言で、居た堪れず顔を伏せてしまえば
ロイドが溜息を吐くその音が聞こえてくる
「……良。俺はあなたを傷つけない。約束します」
顎に添えられた指先に顔を上げさせられ
ロイドがその顔を近く寄せてくる
小野坂はゆるゆると首を振りその手をやんわりと退けると
「……嘘、吐け。お前、さっき――」
今し方の事を指摘してやれば、ロイドは返す言葉がないのか口を噤む
困った様なその顔を暫く眺めてやれば
僅かに笑みを作って見せ
「……信じさせろよ」
この機械この機械の傍らだけは、何も怖がる必要のない安心できる場所なのだと
そう訴えてやれば、ロイドが小野坂を抱き返す
「……あなたに、一体何があったんですか?」

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫