《MUMEI》

 「珍しいな、ロイド。お前が一人でここに来るなんて」
朝食の片づけを済ませて後
ロイドの姿は小野坂宅ではなく別の場所にあった
向かった先は小野坂父の研究所
珍しいその来客に、父親は僅かに驚いた様な顔をして見せる
応接室のソファを進められ、ゆるり腰を降ろしながら
「……良に、一体なにがあったんですか?」
前置きもなく切り出した
父親は何の事かと一瞬表情を顰めたが、直ぐに理解をしたようだった
「……あれは、怯えていただろうな」
「はい」
「それで?お前はやめてやった、と?」
「当然、でしょう。あんなに怖がっていたのに!」
つい声を荒げてしまえば落ち着けと諭される
何とか気を落ち着け、ロイドはソファへと座りなおしていた
そしてヒトが息を吐く様に肩を落とすと、段々と冷静さを取り戻していく
「……すいませんでした。俺、帰ります」
こんな風に問い質す事をしてまで聞き出すべきか
自分が今している事は、唯小野坂を傷付けるだけなのではないか
思い直し、腰を上げていた
「話は?聞いていかないのか?」
「……結構です。良にとって重要な事なら、良から直接聞きます」
失礼します、と深々頭を下げロイドはその場を後に
結局何をしに行ったのか解らないまま、ロイドは帰路を進む
小野坂に一体何があったというのか
あの怯えようからして口にはし難い事なのではないか
ソレを聞き出す事をしてしまえば小野坂は壊れてしまうのでは、と
ロイドは帰路を進みながらそればかりが気に掛る
「良、只今帰りました」
結局何一つ考えが纏まらないまま小野坂宅へと戻ったロイド
声を掛けてもない返事にどうしたのかと中へと入れば
リビングのソファで寝入っている小野坂の姿があった
「こんな所で寝ては風邪を引きますよ」
揺すってみても反応はなく、随分と眠り込んでしまっている様だった
仕方がない、とロイドは肩を揺らすと小野坂を抱き上げ寝室へ
ベッドへと降ろしてやり布団をかけてやった
「や、だ。こわ、い……」
そのまま離れていこうとするロイドの腕
眠っている筈なのに
寝の最中にあっても縋る腕を求めてしまうほどに何かに怯えている
「……良、大丈夫ですよ。俺は、ここに居ます」
身体を強く抱き起こし、宥めてやる様に耳元に声を囁く
子供をあやす様にトントンと背を叩いてやれば漸く
小野坂から全身の強張りが取れた
「……ロイド?」
ベッドへと改めて寝かせてやって暫く後
小野坂がゆるり目を覚ます
傍らの椅子へと腰掛け、新聞を読んでいたロイドは顔を上げ
普段通りの笑みを浮かべながら、おはようございますを返していた
「何か、飲みますか?」
「……コーヒー」
「はい。すぐ淹れますね」
待っていてくださいね、とロイドはコーヒー豆を挽き始める
段々と漂ってくるコーヒーの香ばしい香り
ロイドはソレに牛乳を咥え、カフェオレにして小野坂の前へ
「……なんでカフェオレなんだよ?」
手渡されたソレを受け取りながら
まるで子供扱いだと文句を言ってやれば
「カフェオレ、嫌いでしたか?」
すいません、と申し訳なさそうな顔
小野坂が聞きたいのはそういう事ではない上に
そんな顔をされてしまえば、それ以上何を言う事も出来ない
小さく溜息を付き、小野坂はカフェオレを飲み始めた
口に甘く、優しいミルクの味
「……甘い」
「甘すぎましたか?」
顔を覗き込んでくるロイドへ
小野坂は首をゆるゆると振って見せながら
「……俺の、好きな味。だから」
覚えとけ、と命令口調で続ける
ロイドはフッと表情を緩ませると頷いて返し
小野坂と少しばかり距離を置いた場所に腰を降ろしていた
今一、互いが取るべき距離感が解らない
触れていいのか、どこまで触れていいのか
手を伸ばせばすぐにでも触れられる距離。だが
小野坂が何を恐れ、そして何を不安に感じているのかが解らない以上
容易には触れてはいけない様な気がした
「……良」
何か言いかけた、その時
小野坂の手が徐にロイドへと伸ばされる
触れてきた首筋の裏、低エネルギーモードへの切り替えのソレに触れ
スイッチを切り替えた
「……良?」
行き成りのソレにどうしたのかとロイド
だが小野坂は答えて返す事はせず
ロイドをソファへと横にしてやり、頭を撫で始めていた

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