《MUMEI》 家族 (2)1週間に1度のペースで、スローなジョギングをする、 森川誠や清原和幸たちのコースと、ほぼ同じ小道だった。 ふたりは、30代後半あたりから、タバコをやめて、 健康のために、時には、一緒(いっしょ)にだったり、 個々にだったりと、ジョギングを始めた。 ふたりは、白髪が、ちらちらと目立つ今も続けている。 リビングの中(なか)ほどにあるキッチンでは、 美樹と姉の美咲(みさき)が料理をつくっていた。 「こんにちは、森川さん」と美樹はいう。 「こんにちは」と美咲。 美樹と美咲は、笑顔で挨拶した。 姉の美咲は、大学を卒業したばかりの、23歳だった。 「いま、おいしいものを、つくってますからね」と美咲。 「よろしく、お願いします、美咲ちゃん、美樹ちゃん。 お二人(ふたり)は、いつのまにか。おとなっぽくなって、 ますます、きれいになっていくから、 いつも、お会いするのが楽しみなんですよ」 森川誠は、ちょっと足を止めて、姉妹を見つめた。 「森川さんったら、褒(ほ)めるのが、 お上手(じょうず)なんだから」と美咲はわらった。 「ほんと、ほんと。あぶない、あぶない。 女性のあつかい上手な森川さんは、ちょっと危険な感じ」 といって、美樹もわらった。 「あら、あなたたち、なんということをいっているの。 森川さんは、本心しか、お話(はなし)なさらないのよ。 いつだって、真実、ひとすじで、とても誠実な社長さんんだから」 と母の美穂子は、自分もこみあげそうな、 わらいを押(お)さえるようにして、そういった。 「真実ひとすじですかあ。ははは、まいった、まいった」 森川誠は、大きな声でわらって、照れるように頭に手をやった。 美穂子と美咲と美樹が料理をつくっているキッチンの隣には、 椅子(いす)が8つと、四角(しかく)いテーブルがあって、 白い皿やビールやジュースのグラスが準備されていた。 庭の軒下(のきした)の半日陰で育てている、料理の風味付けにも使える、 セリ科のチャービル(別名セルフィーユ)や、ブルーのサルビアが、 小さなガラスの花瓶(かびん)に入(はい)って、テーブルを飾(かざ)っている。 テーブルのすぐ横の、南側(みなみがわ)には、ソファが置(お)いてある。 庭を眺(なが)めたり、テレビを見たりする、くつろぎの場所だった。 ソファには、祖母(そぼ )の清原美佐子(みさこ)がいた。 昨夜のロンドン・オリンピックの男子サッカー、3対0で勝った試合、 準々決勝、日本対エジプトの、録画を、テレビで見ていた。 「美佐(みさ)さん、こんにちは。お元気ですか」 森川誠はそういって、美佐子の隣(となり)にすわった。 「はい、おかげさまで、からだの調子もいいですよ。 きょうは、ゆっくりと、過ごしていってくださいね」と、 美佐子は笑顔で、ていねいに頭を下げて挨拶(あいさつ)をした。 テーブルには、美樹のこしらえたゆで卵の入ったグリーン・サラダや 枝まめ、姉の美咲がつくった冷(つめ)たくしたパスタの、 トマトとチーズのカッペリーニ、母親の美穂子がつくった酢豚(すぶた)、 叔母(おば)のつくったナスやキュウリやキャベツの漬物(つけもの)とか、 料理も出そろった。 みんなは椅子(いす)にすわって、にこやかに、「かんぱぁーい(乾杯)」と、 みんなはそれぞれのビールやジュースのグラスを触れ合わせた。 「おれの大好きな酢豚(すぶた)ですね、美咲ちゃん、ありがとう」と、森川誠は、 左隣(ひだりとなり)の美咲に目を細める。 <つづく> 前へ |次へ |
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