《MUMEI》
家族 (3)
「酢豚つくったのはママよ。わたしはパスタつくりました」と美咲は、
わざと頬(ほほ)をふくらませて、怒(おこ)った顔をした。

「わっはっは。美咲ちゃん、ごめん。おじさんは、もう酔(よ)ってるね。
おれも、和(かず)ちゃんも、すぐ酔っちゃうんだから。ね、和ちゃん、パパ」

森川は、右隣の清原和幸の肩を、軽く手でゆらした。

「しかし、おれたちは、いつまでも、酒は強いよね。酔っても、
乱れないし、つぶれない」と和幸はわらった。

「そうだよな。でも、知らないうちに、つぶれていたりしてなぁ。
人生は、いつでも、うっかりできないもので」
と森川も、声を出してわらった。

「そうそう、パパなんか、外で飲んで帰ってくると、
つぶれっぱなしなんだから。ねえ、ママ」といって、
森川誠の向かい側にすわる美樹は、
おおげさな困(こま)った顔をして、
右隣の美穂子に話をする。

「森川さんもパパも、酔っぱらうと子どもみたいになるけれど、
仕事しているときは、誰にも負けないくらいの、正義感と・・・
なんでしたっけ、男気(おとこぎ)のようなものがある、
いまどき珍(めず)しいくらいの紳士(しんし)なのよ」

美穂子は、美樹や美咲を見ながら、そういった。

「いやあ、どうも、美穂(みほ)ちゃん、褒(ほ)めてもらって。
でも、正義感といえば、おれよりも和ちゃんですよ。
和ちゃんの正義感には、頭が下(さが)がります。
というよりも、和ちゃんの正義感に触発(しょくはつ)されて、
おれも感化されて、正義感を持って、人の上に立って仕事をしてきたら、
会社がどんどん大きくなって来たようなものなんです」

と話しながら、森川誠は、清原和幸から「まあ、まあ」と、
ビールをグラスにつがれて、森川も清原のグラスにビールを注(そそ)ぐ。

「酔っちゃって、身の上話っぽくなしましたね」と声を出して森川はわらう。

「まあ、森川家も、初めは、というと、下北沢の商店街で、
小さな喫茶店を、今は亡(な)き、おばあちゃんが、
ひとりでやっていたんですよ。
おれは、ケーキとかの洋菓子が好きで、
高校を卒業して、洋菓子の店に修行に行っていて、
その3年後くらいに、おばあちゃんの店を継いで、
そこを改装して、洋菓子と喫茶の店を、始めたんです。
おれの弟も、おれに影響を受けて、そんなわけで、
兄弟二人で、がんばって、店の数を増やしていったんです。
そこで、だんだん、わかったんですが、自分の欲が先行していては、
事業は大きくできないし、人の上には立てないんですよね。
そんなころに、和ちゃんの正義感に影響を受けて、
おれも会社も、成長して、来(こ)れたんだと思います」

「誠(まこ)ちゃん、おれを高く評価しすぎ。おれはただ、
困っている人を、法律の力で、なんとか守ってやりたくて・・・。
おれのおやじが、やっぱり弁護士で、おやじは確かに、
正義感が、人一倍(ひといちばい)強い人だったと思うけど。
でもね、誠(まこ)ちゃん、人間って、自分やお金のためには、
そんなに強くなれないものだけど、人のためなら、
強くなれるんじゃないのかな」

と、清原和幸は、上機嫌(じょうきげん)なようすで、笑顔も絶(た)えない。


≪つづく≫ 

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