《MUMEI》

これから何処へ行くべきなのかを思案し始めた、次の瞬間
突然目の前に、黒い何かが漂い始めた
黒い、何か
それはどろりどろりと広がっていき、坂下の脚をとらえて行く
その黒が、触れた瞬間
坂下の耳の奥に突然、雑音の様な何かが聞こえ始めた
言葉ではない、唯単純に死を惜しむばかりの声が耳に嫌でも入り
それは頭痛となって坂下を苛んでいく
「耳を、塞がないで。聞こえる声は、今まで犠牲になってきた、13達の声」
聞いてやってほしいと、透子は坂下を抱きしめた
何故、自分が死ななければ
どうして、自分が
聞こえてくるのはそんな声ばかりで
そんな彼らにしてやれることなどあるのだろうかと
抱いていてくれる透子の腕に縋りついてしまいながら
坂下は唯、その声に耐えるしか出来ない
「……皆、この人は大丈夫。皆を助けてくれる筈だから」
だから待っていて
坂下の背を柔らかく撫でてやりながら、漂うそれらに言って向ける
その透子の声に応えて返すかのように
影は蠢くことをし、その場から消えていった
「……じゃ、行きましょうか」
「何処に?」
影がすべて消えたのを確認すると、透子が身を翻す
何処へ行くのか、坂下が改めて問う事をすれば
ゆるり、上を指差した
「このビルの、屋上。あの人は多分、ソコにいる」
早くと促され、坂下は透子の後に付いて会談を上り始める
上に向かえば向かう程に、そこから血の臭いが濃く漂ってきて
漸く最上階に到着し、外と中を隔てる重い戸を開いた
次の瞬間
黒みを帯びた朱が視界を覆い尽くす
「……居た。あそこに」
透子が指さした先
朱の中に一人佇むその姿はまるで人ではなかった
身体の至る所から生える様に突き出しているのは、ヒトの手足
顔は歪みに歪み、、最早ヒトの体をなしてはいない
「……来たか。透子」
「ええ。来たわ」
「結局、お前とは最後まで相容れぬままだな」
「そうね」
「お前は、今のこの世界に一体何を望む?」
「……あなたこそ」
誰かの犠牲を強いるこんな世界に何の先を見据えるのか
理解などできる筈もなく、透子は問われたソレに問う事を返す
相手からの返答は、ない
「……私は、アナタを救いたかった。でも、アナタは救われようとはしてくれなかった」
救う事さえ出来ていたならば、これほどまでにすべてが狂う事はなかった
世界が人を嫌う事も、ヒトに犠牲を強いる事も
透子の訴えに、相手は嘲る様に肩を揺らし
「そう仕向けたのは、他でもないお前達、ヒトだ」
世界への慈悲を当に忘れ、ヒトへの慈悲すら忘れる
「世界がヒトを贄にと求め始めたとき、皆俺を惜しむ事をしなかった
「それは違うわ。皆、アナタを懸命に止めたじゃない」
相手の言葉を訂正してやりながら、言って諭そうとする透子の声
だが相手は聞く様子も見せず、徐に坂下へと向いて直った
「……NO.0。新しい世界。……そうか、俺はもう用済みか」
「そう。新しい世界には、この人になって貰う。だから、アナタはヒトに戻って」
「……戻って、どうする?今更」
「生きて。人として」
「何故だ?」
ヒトとして生きる事に今更何の意味があるのか
そう言わんばかりに相手は表情を怪訝なそれへと歪めて見せる
ソレに対し、透子は淡い笑みを浮かべて見せながら
ゆるり相手へと歩みより、そしてその身体を抱きしめていた
「……私達が、すべてを終わらせる。あなただけが苦しむ必要は、もうない」
「……何を、するつもりだ。透子」
問うてくる相手へ、だが透子は何を答えて返す事もせず身を翻す
そして坂下を従え歩くことを始めた
問った手はそのまま、暫く繋いで歩き
坂下は先を歩く透子へ、何処へ行くのかを問うた
「……大元を、殺しにいく」
僅かに強張った声でそう言うと、更に歩みを早める
そして下まで到着するとソコに
人影が、ふわり現れた
「……態々そちらから出向いて戴く事はありませんよ」
声が聞こえ、その声の主を視線で追うてみれば坂下らの頭上
見上げてみた先から、舞うように降りてきたのは一人の女性
「……あなたが新しい(世界)」
坂下の目の下にNO.0の痣を見つけ、満面の笑みを浮かべて見せる
その笑みは怖い程に純粋なソレで
僅かに戦いてしまえば、女性の手が坂下の頬へと伸びた
「……逝きましょう。新しい、私の(世界)」

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