《MUMEI》
続き
そんなある日、甘夏がやって来て屋上に行こうと車椅子をせってくれた。朝からの雨が、からりと上がった空には大きくて凄く綺麗な虹があると甘夏が教えてくれた。


『綺麗な虹か…俺も見たいなぁ。いつか見れるようになるかなぁ』

そう呟きながら、俺は不安になってしまった。悪い事ばかり考えてしまって、落ち込む俺を元気付けようとしたのだろう。


「心配するな。見れるよ、虹。俺が必ず見せてやる!絶対に…」


甘夏があんまり真剣な剣幕で俺に言うから、涙が出そうになった。けど、恥ずかしいので笑って誤魔化した。甘夏の優しさが身に滲みた。本当に良い奴だ。



「春樹?春樹だろ?」
「あ、本当だ!おーい春樹ぃー。」
「何、宮園?入院してるのか?」


リハビリ帰りに集団に声をかけられた。俺はまたか、とうんざりしながら説明し誰かと聞いた。


中学時代の同級生で、佐藤、井上、甘木、と名乗った。え?甘木?甘木?本当に甘木夏臣か?と聞いたら、佐藤と井上が笑って答える。当たり前だと。


『甘夏?』

「うん。そうだよ、僕は甘夏だよ。」


ああ、そうだ。この声が甘夏だ。では…彼は?甘夏の振りをして俺の側にいてくれる彼は誰なんだ?あの優しい彼は誰?


「あの…夏…」
出合いの日、彼は夏と言いかけた。俺が勘違いして遮ったが。夏?他に夏の付く名前のヤツはいなかったか?考えろ。


………あ、居た。そうだ、控え目で目立たないが優しいヤツを俺は知っている。同じ委員会で何度か話をした事がある。そうだ、纏う空気が一緒だ。


彼は渋谷夏緒。通称、渋夏。間違いない、彼は渋夏だ。でも何故、彼は甘夏の振りを続けているのだろう?確かに間違えたのは俺だけど、違うと一言言えばいいじゃないか。


…?。そうか、ドッキリか何かのつもりで、後で俺を驚かせるつもりなのか?そっちがその気なら、騙された振りをして騙してやろうか?渋夏って案外お茶目なところがあるんだな。ははっ。



…そんなオメデタイ考えをしていた、馬鹿な俺。

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