《MUMEI》
続き
「宮園。あのさ、話があるんだ。実は…」


…渋夏の声が、いつもより緊張してる事も少し元気がない事も、分かっていたのに。俺は、ほんの悪戯心で…。



『なあに?甘夏!』



わざと、強調してその名を呼んだ。そう呼ばれた渋夏が、何も言えなくなると知っていたのに…。


次の日、また次の日。2日間、渋夏は来なかった。俺は少し心配になった。


…よし明日。明日、来たら、渋夏って呼んでやろう。びっくりするかなぁ。その明日になっても渋夏は現れなかった。



その次の日、俺の病室は慌ただしくなった。急遽、角膜移植手術が決まったのだ。検査に次ぐ検査、そして手術となり、結局渋夏には会えず終いだった。



退院後、名簿に書かれた住所に訪れた。表札には渋谷の文字。渋夏は驚くだろうか?いきなり俺が現れて。呼鈴を鳴らすと彼の母親らしき優しい雰囲気の女性が現れた。


『突然すみません。宮園春樹と言います。夏緒くん、居ますか?』

「あ、貴方が宮園くん。よく訪ねて下さったわね、どうぞ。上がってちょうだい。あの子も待ってるわ。」


そうして、俺は渋夏の家へ通された。確かに渋夏は、待っていた。四角い黒縁の写真たての中で、優しい笑顔を浮かべて。線香の煙と香りを身に纏い、彼は微笑んでいた。


『………っ、渋夏?』


「もう長くないって、医者にも言われていたの。あの子、全然笑わなくなって生きてても死んでるみたいだった。貴方に再会するまでは…」


『俺?!』


「貴方に再会してから、あの子変わったのよ。少しでも長く生きたいって。笑顔を見せるようにもなって…でも病魔は残酷で。宮園くん、ありがとうね。最期まであの子を笑顔にしてくれて。おばさん、本当に感謝してるの。」


…違う。俺は、俺は…。

渋夏、ごめんな。あの時、渋夏って呼んでたら何か変わっていただろうか?あの時、渋夏は渋夏だって告白しようとしていたのだろうか?それとも病気の事教えてくれたのだろうか?今となっては分からないが。



でもな、俺。ひとつだけ、解った事があるんだ。



目を瞑るだろ?するとさ、見たこともない大きくて綺麗な虹が瞼に浮かぶんだ。多分、これはあの時の虹だろ?渋夏が、見せてくれるって真剣な剣幕で言ってた虹。ありがとうな、渋夏。確かに見えるよ、綺麗な虹が。




でもな、涙が溢れて滲んでしまうんだ。なんでかな、渋夏。




おわり

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