《MUMEI》 多摩川(たまがわ)花火大会 (4)早瀬田(わせだ)大学を卒業したあと、山梨県の実家に帰って、就職していた、 川口信也も、この10月には、モリカワに勤(つと)める。 暮らすためのマンションも、下北沢駅の近くに、契約済(けいやくすみ)であった。 みんなは、コンビニに立ち寄ると、 好(この)みの飲み物やビールや軽食やお菓子を買った。 森川純が用意した、2つの携帯用のポリエステル製の クーラー・ボックスに、それらを入れた。 男たちは、「はい、交替(こうたい)」と、ふざけ合いながら、 それを肩からかけて、歩いた。 小田急線の成城学園前駅・南口から、花火の会場の 二子玉川(ふたこたまがわ)緑地運動場までの道は、 クルマの混雑を避(さ)けて、かなりの数の人たちが歩いている。 浴衣姿(ゆかたすがた)の男女も、数多く歩いていた。 美樹たち6人の女の子たちと、松下陽斗(まつしたはると)は、 みんなの1番うしろを歩いている。 女子高生も、ほかの女性も、みんな、 前もって、相談していたかのように、 涼しげで、色も鮮(あざ)やかな、 木綿(もめん)、単(ひとえ)の、浴衣(ゆかた)姿だった。 「陽斗(はると)さんって、イケメンだよね」と女子高生のひとりがいった。 「そうそう、イケメン。きっと有名な、ピアニストになるよ。 わたし、陽斗さんの、追(お)っかけになるから、きっと・・・」 無邪気(むじゃき)に、香織がそんなことをいっては、 みんなで、わらって、盛り上がる。 「陽斗さんって、天才的よね。権威のあるピアノコンクールで、 初出場で、いきなり、第2位に入賞しちゃうんだから」 大学3年の山沢美里が、興奮気味(こうふんぎみ)にそういった。 「やあ、まぐれですよ。でも、コンクールっておもしろいですよ。 2位じゃ悔(くや)しいから、今度は1位を狙(ねら)いますよ」 松下陽斗(まつしたはると)は、少年のように目を輝かせながら、 顔を紅(あか)らめてわらった。 「すごーい」 「すごい、すごい」 「陽くんなら、1位とれるから」 女子高生たちや美里や美樹や美咲たちから、そんな歓声(かんせい)が上がった。 そんな松下陽斗(はると)の、若くてスター性のある才能に惚(ほ)れこんだのが、 森川純であった。 ライブハウスを展開するモリカワの、専属のミュージシャンとして、 純は、陽斗と、友好的で、継続的な契約を交(か)わすことに成功する。 クラシックやジャズやポピュラーなどの広いジャンルの音楽を、 感性豊かな、高度な、ピアノ演奏で、弾きこなして、聴衆を魅了(みりょう)してしまう。 そんな松下陽斗を、そろそろ、世間やマスコミも注目すると、純は予想している。 多摩川(たまがわ)の水辺(みずべ)の、 二子玉川(ふたこたまがわ)緑地運動場に設置された会場は、 人々(ひとびと)であふれるばかりであった。 4時ころには、みんなは、森川純が用意してくれた、 隣(とな)り合わせの、2つの丸いテーブルに、落ち着いた。 花火打ち上げ前の、独特の高揚感(こうようかん)や 雰囲気(ふんいき)の中で、軽食などをつまみながら、 みんなは、自由気ままな会話を楽しんだ。 女子高生が4人もいるので、若々しい会話が弾(はず)んだ。 <つづく> 前へ |次へ |
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