《MUMEI》
フォア エグザンプル
ハルに呼ばれて団子屋に戻ると、現実世界とまるで変わらない雰囲気を纏うサヤが此方を見て立っていた。

涙ぐんだが一先ず堪え、取り敢えず抱き締めた。

温もり、というこの世界とは無縁であるはずの感覚を感じた気がした。苦しいよ、ショウ兄。といういつもの冷静なサヤの声を聞き、返事もせずにただ抱き締めた。


しかし我に返ると存外恥ずかしいものである。

「泣いちゃって、カケルったら可愛いなぁ。」

「ショウ兄ったら。心配性すぎだよ。」

「…う、五月蝿いな。いいだろ、兄なんだから!」

五分間、ずっとこの調子だ。

五分間という言葉で短く感じるかもしれないが、言われてる方としては、耐え難い長い時間なのだ。

「でも、泣くって。ショウ兄ってそういうとこあるよね。」

「五月蝿いな!もういいだろって。そういうとこってなんだよ。」

「それを聞いちゃうとこでしょ。」

なんて冷めた妹なのだろうか。冷ややかな瞳は怒った時の母さんに酷似している。

「全く…口の減らないこって。」

馬鹿にしてますよ、ということを出来るだけ表現する為に、両手を振って舌を最大限に口外に伸ばす。

が、こんなものでは生ぬるいと、久々にサヤに会った俺は忘れていた。

「………………(嘲笑)。」

ムカツク顔だ。


「まぁ、それぐらいにして。メッセージ送ったからしばらくしたら皆来るから。」

「みんな?」

先程までと違い、サヤの年相応の可愛らしい感じに小首を傾げて見せた。

「もう一人アカネって人が捜してくれててね。あとは、私達のAIね。」

そして、実の姉の様にサヤに微笑みかけるハル。

なんて穏やかな光景なんだろう。

団子屋の店内からは無数の視線が感じられる。見られている立場とすれば、俺ではなくハルだろう。

忘れそうになるが、ハルは義藍騎士団の団長なのだ。

しかも、昔と違い今では象徴とも言える長い赤髪を隠していないので、より目に止まり易いだろう。

「?」

そんな事を考えていた脳を、サヤの表情に奪われる。

謎の答えを明かされたというのに、満足な顔は愚か、不満な顔をしている。


「お兄ちゃんは?」


「カケルじゃなくて?」

カケル、つまり俺じゃないサヤにとっての兄。

「スバルお兄ちゃん。」

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