《MUMEI》

だが、触れてくる唇に奪う様な荒々しさはない
機械とは思えない程柔らかな唇
絡まってくる舌はしっとりと濡れていて
何処までも人間らしいと小野坂は肩を揺らす
「良?」
どうしたのか、とロイドが顔を覗き込んでみれば
小野坂の頬を一筋、涙が伝った
「……ずっと前から、お前が傍に居てくれれば居てくれれば良かったのに」
以前にも聞いた様な言の葉
何度もそう言わせてしまう程に
自分は小野坂を追い詰めてしまったかもしれない、と
ロイドは自責の念に苛まれる
「……俺は、最低ですね」
「……?」
「あなたが傷付いているのに、そんなあなたが今俺を求めてくれている事を喜んでしまっているなんて」
正直にその胸の内を打ち明ければ
小野坂はゆるゆると首を振って見せた
この、自分にひどく甘い機械なら、傍に居てもいい
傍に、居て欲しいと
ロイドに縋りつくだけだった腕をその身体に回す
「良?」
どうしたのかをロイドが問うより先に
小野坂はベッドへとまた倒れこんだ
「……アナタに触れても、いいんですか?」
「いい」
「どんな風に?」
「お前の、好きな様に」
「……酷くするかもしれませんよ」
「お前は、しないよ。絶対に」
自分を傷つける事は絶対にしない
そう信じていると同時に、そう信じさせてほしかった
「あなたは、狡い」
「……ロイド?」
「そう言われてしまえば、俺は何も出来なくなる」
小野坂に唯触れる事さえも
狡い、と改めて言ってやれば、小野坂は笑みを浮かべ
その頬を涙で濡らし始める
「……お前なら、いいんだよ。俺に、何したって」
寧ろ、今は触れていてほしい
そう続けながら小野坂はロイドの身体を抱きしめた
背に手を回し、決して離れていかない様に、と
「ロイド」
名前を呼んでやれば、ロイドの唇がまた小野坂のソレを食む
先のソレとは違う、僅かばかり手荒な口付け
何度も角度を変え、己が感情を与える様に唇が交わる
掴めない呼吸のタイミングに、小野坂の目尻に涙が浮かび始めた頃
ロイドは漸く唇を離した
「すいません、良。俺、自制が効かなくて――」
小野坂の口元を伝う唾液を拭ってやりながら
ロイドは心底申し訳なさそうな表情
この機械も、大概不器用だ。自分は、嫌ではないのに
どう言ってやればそれが伝わるのか
小野坂は考え、だが適当な言葉がどうしても見つからない
それならば、と手を伸ばし、ロイドの頬へと触れる
そして引き寄せ、小野坂から口付けてやった
ロイドが求めてくれたように何度も
「……良、これ以上はまだ」
「何で?やっぱり俺なんか要らないか?」
触れる事を躊躇されてしまえば、不安になる
もっと求めて、欲しいのに
そうしようとしてくれないロイドに、また小野坂の頬を涙が伝っていた
子供の様にボロボロと流れる涙
こんなのは情けなさ過ぎる、と目元をこする小野坂の手を
ロイドがその手首を掴んで止めた
「……アナタの事を要らないなんて、そんな事ある筈がないでしょう」
感情を、押し殺した声
僅かに掠れて聞こえるその声が、ロイドがその葛藤の最中に居る事を小野坂に解らせる
「……俺も、お前が欲しいよ。ロイド」
あれ以来他人を求める事が極端に怖くなった
だが、この目の前の機械ならば自分の欲しがっていたものを与えてくれるはずだと
躊躇してしまっているロイドの背を押してやった
「……俺は、機械ですよ。人じゃない」
それでもいいのかを問うてやれば
小野坂は今更だと笑みを浮かべ、ロイドを抱きしめる
「人なんて、要らない。人は、苦手だから」
けれど一人はどうしても寂しくて
それゆえに目の前の機械に、傍に居て欲しいと小野坂は切に願ってしまう
「……本当に、アナタは困った人だ」
そう苦笑を浮かべて見せながらも
小野坂が求めてくれている事が、ロイドには嬉しかった
そんな事を考えてしまい、不謹慎だと思いながらも
ロイドは坂下を抱き返してやる
「……今は、俺が触れていても平気ですか?」
「……平気」
「怖くは、無いですか?」
以前に触れた時、酷く怯えていたのを思い出し、小野坂へと問うてやれば
小野坂は小刻みに首を縦に
あの時とは、違う
この機械は自分を傷付ける事は絶対にしないと信じ切れるから
「お前の、好きにしていいよ」

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