《MUMEI》

その声は酷く甘く
坂下の意識とゆっくりと、だが確実に支配していく
差し出された手を、無意識に取ってしまいそうになる坂下の手を
透子が寸前弾いて払っていた
「何を、するのです?」
言葉穏やかに、だが怒気を孕んだ声
だが透子は怯む事はせず、表情少なに女性を眺め見たままだ
「あなたに、この人は渡さない。この人は、私の、(世界)」
「何故?(世界)はすべてを統べるものの、全ての母たる私と共にあるのが道理」
違うか、と嘲る様な笑みに、透子は言葉を詰まらせる
「……解って、戴けた様ですね。さぁ、こちらへ」
差し出される手
ソレに導かれる様に坂下はゆるり女性の元へ
その手を取ってしまう、寸前
「あなたも所詮愚かな女か」
女性の身体を、突然現れた刃が背中から貫いていた
一体何かと透子が眼を見開けばソコに
(世界)が、立って居た
その手に握られている刀には、女性の血が大量に伝い地面を汚す
「……あなた、一体何を――」
「……もう、充分だ」
震える声で問うてくる女性へ
世界は短くそれだけを呟くと、刃を返し肉を抉る
更に流れ出る血
世界はソレを態々全身に浴びながら、女性の身体を抱きしめていた
「……あなたは世界に、俺に何を望んでいた?」
「わ、たしは――」
女性は戦慄く唇で何とか声を発しながら、世界を抱いて返す
そして耳元へと何とか唇を寄せると
「……私は、逃げたかった」
全てを覆いつくしてしまうあの黒い夢から逃げたかった
毎夜のように見るあの夢に一人怯えていたのだ
(世界)さえ傍に在れば、もうその夢に苛まれる事はないのだと思い込みながら
「……もう、アナタでもいい。いいから、私と一緒に逝って」
一人はもう嫌なのだと、縋りつく様に訴える女性
その様を、世界は表情無く見下したままだ
「……あなたは、本当に愚かだな」
「……?」
世界の言葉に女性が首を傾げた、次の瞬間
女性を貫いていた刃を引き抜き、そしてその身体を両断していた
嫌な水音を立て下へと落ちる女性の肢体
それは既にヒトとしての生を失い、唯の肉片としてソコに落ちていた
飛び散る血、広がったその血溜まりから
何かが、湧いて出始めた
「……あれは、何?」
どろりどろりと湧いて出てきたのは、大量の黒い何か
まじまじその何かを眺めてみればその黒の中
全てのソレにぼんやりと13のそれが見えた
「……この人達は」
その影たちが今まで犠牲になってきた13達なのだと気付いた直ぐで
透子はその場に膝を崩し、その黒たちを眺め見る
暫く透子を取り囲んでいた黒い何か
d差がすぐに散らばる様に飛散してしまっていた
「何処に……!?」
跡形もなくなってしまったそれらに、透子は慌てて辺りを見回す
一体、何処へ行ってしまったのか
探さなければ、と透子は腰を上げるが
消えたその先は見当も付かなかった
「……おそらく、火葬場だろう」
暫く考え込んでいると(世界)からの声
火葬場
13が死に、そしてまた新たな13が選ばれるあの場所
ソコに逝き、一体何を見る羽目になるのか
解らないそれが、酷く恐ろしくもあった
だが
「……行くぞ」
短い一言で(世界)が透子の手を取った
躊躇してしまう透子に構う事もせず、坂下も連れ唯、道を進んでいく
そして到着した、始まりのあの場所
そこには13を葬る際に使用する棺が一つ置かれていて
その周りを囲む様に、影たちが居た
影達は坂下に気付くなりその足元へと群れる事をしながら
ソコに入れと坂下を誘う
眠る様に逝ってしまえ、そうすれば楽になれると
「……聞かないで。聞き入れてしまえば、飲み込まれてしまう」
未だ坂下の意識は朧げ
近くある透子の声ですら、まともに届くことはない
尚もその棺へと向かい歩いて行こうとする坂下
途中、世界が坂下の腕を掴みソレを止めていた
「……お前が、逝くな。あれには、俺が入る」
まるでソレを望んでいたかの様に、世界は坂下を押し退け棺へと近くより
ゆるりその中へと身を横たえる
「……世界、一つ聞かせて」
群れ始めた影達に段々と全身を覆われていく世界へ、透子が徐に声を掛ける
何だと短く返してくる世界へ
「……この人と、(接続)したのは何故?」
その真意が知りたい、と問うて質せば
世界は僅かに笑みを浮かべながら坂下の方を見た

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