《MUMEI》

「自分だけでも救われたい。その欲が強かったからだ」
ソレを利用しただけの事だとの世界へ
透子は短くそうを返すと世界をまた見やる
「俺が消えれば接続も切れる。後は、好きにやれ」
そこまで言うと、世界は眼を閉じる
全てを黒に覆われていき、世界はそのまま消えていった
その様を、透子は暫く眺め続け、そして棺の蓋を静かに閉じてやった
そして坂下の手を取ると身を翻し、その場を後に
「……何時まで、そのままで居る気なの?」
透子に手を引かれたまま、まるで人形の様に足取りが覚束ない坂下
立ち止まり、正面から見据えてみても、その視線が重なる事はない
何を言っても無駄なのだと透子は口を噤み、また歩き出した
「……私は、何の為に此処に、居るの?」
何が出来る訳でも、何を救える訳でもない
自分の存在意義を見失ってしまいそうになり、目尻に自然と涙が滲んでくる
泣いてはいけない。自分には泣いて嘆く権利などないのだ、と
透子は何度も目元を手の甲で擦りあげていた
「……そんなに擦るな。赤くなる」
その手を止めたのは、坂下の手
柔らかく取られた手に、、透子が驚き向き直ってみれば
坂下が、ソコに居た
透子の頬を伝い落ちる涙を拭う坂下の手
ああ、戻ってきたのだ
そう実感できる温もりだった
「……今から、私に付いてきてくれる?」
「何処に?」
「他の13を、弔いに」
弔いに
その言葉が意味する処は、その全ての死だ
どういう事7日、透子に問う事をしてみれば
「(世界)は、アナタになった。世界が変われば、全てが変わる」
「……変わると、なんで死ぬんだよ?」
意味が解らない、と言い返せば
透子のその表情に、珍しく哀の表情が浮かぶ
「……その存在意義が、なくなるから」
だから死ぬ
それが事実だとは俄かには信じ難く
何も返せずにいると、透子がその腕で坂下を抱いた
「……でも、今日でその犠牲も、無くなる。あなたが、そう望んでくれるから」
坂下の意思、それがそのまま(世界)の意思になる
全てを生かすも殺すも、その意思一つ
随分と重たいものを背負ってしまったものだと坂下は苦笑する
その重圧に耐えるかの様に透子の手を握り返し
そしてまたビルの中へと入っていく
その至る処に伏している大量の死体
これ程の量のソレを一度に見たことなど当然に無く
坂下は僅かばかり戦いてしまう
「……大丈夫。何も、怖くない」
血の気が引いてしまった坂下の頬に触れてきた透子の手
小さな手から伝わってくる僅かなその温もりが
今の坂下にはひどく大きなものに感じられる
「俺は、どうしてやればいい?」
理不尽に逝ってしまった者達をせめて弔ってやりたい
そう訴える坂下へ
透子は頬に触れた手でソコを撫でてやりながら
まるで母親の様な、慈愛に満ちた笑みを浮かべて見せる
「……お葬式、してあげる」
「葬式?」
「そう。今日で終わる、この世界の」
ソレですべてを終わらせることが出来る、そして同時に始める事も
耳元で鳴るその柔らかな声に
坂下は短く、そうだ名を返す
「……そんな顔、しないで」
全てが終わってしまったわけではない
弔ってやり、また新しく始めればいいと、透子は笑みを浮かべる
「行きましょ」
他の13を探しに、と差し出された手を坂下は取る
そう、これはまた新たに始めるためのけじめ
新たな世界たる自分の責務なのだと坂下は前を見据えた
そして歩き出す坂下と透子
暫く当てもなく歩き、そして二人の前へ不意に現れた影
見ればそれは鷹の目で
二人をまるで導くかの様に先を飛ぶ
その後を付いて歩けば、何人もの死体に出くわした
その全てが頬に痣を持つ13達
(世界)に殺された、哀れな犠牲者
嘆いてやる事は、だがしなかった
坂下に散って、自分が殺したに等しい人間へ涙を見せる事は
その死に対する冒涜以外ないと思ったからだ
唯黙々と、その一人一人を担いでは葬儀場へと連れていき
順に並べていく
一人、また一人と増えていく亡骸に
だが坂下は集める事を止める事はなかった
後何人、もう何人
亡骸が、その場を覆い尽くしていく
「……これで、多分最後」
最後だろう一人を並べ終え、坂下と透子はその様を眺め見る
広場を覆い尽くした死体
これだけのものをどう弔うべきか

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫