《MUMEI》

納得がいかないとばかりに表情を歪めてしまえば
「ほら。無駄口叩いてないで、さっさと仕事して頂戴な」
そのために呼んだのだからとせかされた
藤本はやはり納得が言っていない様子だったが、渋々作業を始める
「……私は、何をすればいいの?」
解らず唯立ち尽くすしか出来ない戸河内
どうにも居心地が悪くなり、ソレを訪ねてみれば
藤本はすぐに、小さく束ねられたブーケを戸河内へと手渡してきた
「なら、コレ。あそこのカウンターに飾ってやってくれる?」
「わ、わかった」
言われるがままにソレを受け取り
戸河内は見様見真似でそのブーケを飾り付けていく
「やっぱり、女の子だからかな。可愛く出来てる」
「そ、そうかな?」
褒められたソレについ照れてしまえば
藤本は笑みを浮かべながら
「うん。すごく上手」
よくできました、と子供の様な笑顔で戸河内の頭を撫でてくる藤本
まるで年上に見えないその表情に、漸く戸河内の緊張も解れ出した
「じゃ、お仕事も終わった事だし。俺ら帰るわ」
その他の作業を手際よくこなし、作業の全てが終了
片づけを終え、請求書を相手へと渡すとその場を後に
店までの帰り道
何を話していいかが解らず無言になっていると
藤本が僅かに肩を揺らし、笑う声が聞こえてきた
どうしたのか、と顔をそちらへと向けてみれば
「あいつ、中々に強烈だったろ?」
「え?」
何の事かとつい返してしまい
そしてすぐにそれが先の店主の事だと思い至る
「ちょっと変わった奴だけど、悪い奴じゃないんだよ」
(ちょっと)
藤本のソレに戸河内は若干首を傾げたのだが
言葉通りに悪い人間でない事は何となくわかった気がした
「……付き合い、長いの?」
その親しげな物言いにそうなのかを戸河内が問う
藤本は戸河内へと振り返りながら、頷いて返す
「あいつとは20年来の馴染かな。長すぎて少し飽きてはきたけど」
「でも、嫌じゃないんだ」
「ま、あれでいて色々と役に立つしね」
「それだけ?」
「ま、それだけじゃないんだけど」
言いながら、藤本の表情が一瞬曇る
思い出しているのはあの花を手向けている相手の事か
だが戸河内はソレを問い質してやる事はしなかった
「さて、お茶にでもしようか」
話しをすり替える様に藤本は笑い、戸河内も頷いて返す
店へと戻ると二人椅子に腰掛け、ふわり香るハーブティーを一口
安心できるその味にホッと息を吐き出した直後
「樹――!来ちゃった!」
聞き覚えのある声が聞こえてくる
表を覗き見てみれば、ソコに友人数人
本当に自分をここに来る口実にしたのかと僅かに溜息を吐けば
「樹の、友達?」
藤本から問う声、戸河内は仕方なく頷いて返しながら
「……みんな、見たいって言ってた」
「見たいって、何を?」
「……この店の、店長さん」
それはつまり藤本の事で
見たいとのソレに虚を突かれたらしく、瞬間呆気にとられた様な表情
だがすぐに表情を緩ませながら
「何の変哲のない普通のオッさんだけど、良かったら見てってね」
片目を閉じて笑って見せた
その笑みに友人らは赤面、それまで賑やかだった口を噤んでしまう
「あ、あの……!」
「ん?どうかした?」
何か言いたげにソコに在る友人たちへ藤本が問う事をしてやれば
何故か深々頭を下げてくる
「樹の事、宜しくお願いします!!」
行き成りのソレに、藤本だけでなく戸河内まで呆気にとられ
だが、すぐに藤本はフッと肩を揺らすと
「うん。こちらこそ、宜しくだから」
戸河内の方へと向いて直り、また笑みを浮かべて見せた
満面の笑みの筈のソレ
それが戸河内には作り過ぎた笑みに見えて仕方がない
「……ほ、ほら皆!もう帰らないと。遅くなっちゃう」
これ以上藤本のそんな表情が見ていられず
戸河内は友人らに早々の帰宅を促した
「樹、今日はもう上がって大丈夫だから」
その友人らとのやり取りを見ていた藤本が一緒に帰ってはと提案
一人にしても、大丈夫だろうか?
そんな不安が戸河内の胸の内をよぎったが
友人たちに引き摺られ、戸河内は仕方なくそのまま帰宅する事に
途中、交差点へと差し掛かり、また供えられている花を見た
藤本が備えている花
「あー。私、ここであった事故覚えてるよ」

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