《MUMEI》
十月△日(晴れ)
しばらく三毛は姿を見せていない。今夜も恐らく来ないだろう。この際だからと、玉ねぎにんじんを大量に薄切りにする。フライパンにざく切りにしたキャベツを敷き詰めて、切った野菜をその上に、まんべんなく広げる。しめじと椎茸を適当にばら撒いて、薄切りの豚肉を全体にのせる。鮭や鱈でもいいのだけれど、あえて豚肉で。火の通りも早いし、簡単だし。最後にフライパンに蓋をして蒸し焼き。味付けは何もしていないので、喰うときに市販のドレッシンクでもポン酢でもかければいい。後は実家から送られてきた新米を。夏の暑いあいだ、三毛は一度も僕の部屋にやって来なかった。大分涼しくなってきたけれど、寒くなってから来るかもわからない。三毛だから、仕方ないのだ。けれど、雨降りの夜や台風の夜は、部屋の外で物音がしやしないかと耳をすませてしまう。僕は相変わらずで、いくつかの仕事を始めては終えてを繰り返している。大きな仕事も少しずつ、請け負えるようになった。只、それだけ。一人の晩飯は孤独だ。責任転嫁だろうが、無責任にも三毛が教えてくれた感情を持て余す。誓約なんてしていないのだから、烏だって虎だって斑だって何だって、訪れるものには手を差し伸べればいい。でも僕は部屋の扉を開けることはしなかった。…嘘を吐いた。実際は何度か招き入れている。性分だから仕方ないだろう。仕方がない仕方がない。独りごちて笑ってしまう。仕方がないことなんて、本当は一つもない。缶ビールをあけて、酔っ払って、一作業。誰にも邪魔されない、限りなく無為で虚しい極楽を満喫して、就寝する。

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