《MUMEI》

暫くソレに見入っていると、傍らの友人が徐に話を始めた
聞けばその事故は二年前
車道へと飛び出してしまった子供を、ソコに居合わせた女性が庇ったのだと
「……そんな事、あったんだ」
「それがすごい事故でね。車なんて電柱にぶつかって木端でさ」
「それで、子供と庇ったって言う人、どうなったの?」
「うん、それがね。子供の方は助かったらしいんだけど」
言いにくそうに口籠るその様に戸河内はすべてを察する
ああ、だからいつもあんな風に辛そうに笑うのだと
「……も、解った。ありがと」
詳しくを教えてくれた友人には礼をいいながら
戸河内は藤本のあの表情を思い出し、脚を止めていた
「樹?」
突然に立ち止まった戸河内へ、友人らはどうしたのかを問うてくる
戸河内は踵を返しながら、ちょっと戻ってみるとだけ伝え、そのまま走り出していた
「ん?どうかした?そんな息せき切って」
丁度店の片付けの為に表へと出ていた藤本
肩で息をしながら走ってきた戸河内へ僅かに驚いたような顔で
どうかしたのかを改めて問おうとした藤本へ
ソレを許さずに、戸河内が藤本を抱き締めていた
「樹?」
どうして、笑って居られるのだろう
こんなにも、泣き崩れてしまいそうな程脆い笑みなのに
「樹?本当にどうかしたの?」
宥めてやる様に背をなでてくる
だが問われても、泣いてしまっている理由など言える筈がない
「おじさん、何かしちゃった?」
泣かないで欲しい
懸命に宥めようとしてくれる藤本
その優しさに、戸河内は益々泣き止むことが出来なくなってしまい
唯々子供の様に泣き崩れるしかない
「……樹、帰ろっか。送っていくから」
未だ泣き止まない戸河内へ
藤本は自分のフード付きのパーカーを着せてやると
顔が隠れる様にフードを目深に被せてやり、手をつないで歩きだしていた
そして何故か帰り道とは違う道を歩き始め
何処へ行くのかを戸河内が問うてみれば
「ちょっと、寄り道してもいい?」
同時に立ち止まる
付いたソコは、小さな公園
その中にあるブランコへと藤本は腰を降ろしていた
「ここ、何かあるの?」
藤本に手招かれ、その横にあるブランコへと腰を降ろす
ユラユラリ
二人ならんで、何を話すわけでもなくブランコを揺らす
「ね、樹」
暫く無言の後、藤本がゆるり口を開いた
何かと向いて直ってみれば、藤本は相変わらず泣きそうな笑みを浮かべて見せながら
「いつか、オジさんがちゃんと話せる様になったら、聞いてくれる?」
今はまだ、無理そうだけど、と藤本は相変わらず泣いてしまいそうな笑みを浮かべて見せる
戸河内は頷いてやるとブランコを降り
藤本の前へと立つと、そのまま膝を折る
そして頬へと手を触れさせてやりながら
「……いつでも、聞く。だから」
早く、そんな顔をしなくてもいい日が来ればいい
そう思いながら、戸河内は何とか笑みを浮かべて見せた
「……うん。樹、ありがと」
戸河内の頭を撫でてやりながら藤本はまた笑みを見せる
子供扱いだと文句を言いかけたが、今は
藤本のしたい様にと、されるがままだ
「……帰ろっか。ごめんね、時間食っちゃって」
「別に、いいよ」
自宅であるアパートは実の処、この公園と目と鼻の先
ソレを伝えてやれば藤本はゆるり腰を上げ
戸河内の手を取っていた
「ちゃんと送らせて」
一人にさせて、また居なくなられるのが怖い
無意識なのだろう藤本はそう呟き
戸河内の手を握る力を僅かに強める
「……手、少し痛いよ」
言ってやれば藤本はごめんを返しながらも
その手を緩める事はしなかった
それがまるで縋っている様に戸河内には見え
アパートに辿り着くまでそのまま、藤本のしたい様にさせてやっていた
「……ありがと、送ってくれて」
自宅前で漸く藤本は手を離し
相変わらずの笑みを浮かべると、手を振り踵を返した
その背を見えなくなるまで見送り、戸河内も部屋の中へ
入り、戸を背に三和土に立ち尽くしていると
その内に涙が頬を伝い始める

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