《MUMEI》

 「ね、樹。なんか最近、元気なくない?」
そう指摘されたのは、いつも通り食堂で友人らと昼食を食べていた時だった
戸河内自身、落ち込んでしまっているという自覚はあったので、何を返す事もせず
唯黙々と昼食を食べ進めていく
「何かあったんなら聞くよ?」
心配気に顔を覗き込んでくる友人へ
だが戸河内はゆるゆると首を横へと振ると、大丈夫を返していた
「嘘。あんたがそんな顔して言う大丈夫は、大丈夫じゃない」
「そんな事、無いってば」
下手な嘘は、友人にはすぐに見破られる
何かあったのかを改めて問い質され、戸河内は漸く話し始める
「樹はさ、あの店長さんの事、好きになっちゃったの?」
話を一頻り聞き終えた友人からのソレ
行き成り何故そんな話になるのだろうか
戸河内がつい怪訝な顔をして返してしまえば
「だって今の樹、泣きそうな顔してる」
「え?」
「ほら、見てみなよ」
そう言いながら友人が手鏡を取って出す
見せられた鏡の中に居る自分は、本当に泣きそうな顔をしていた
泣いた所で何が変わる訳でも無いのに
考えれば考えるほどに解らなくなっていく
「……嫌だ、こんなの」
泣くな、泣いた処でどうにもならない
改めて自分い言い聞かせながら、戸河内は食事を食べ進めた
何とか食べ終え、そして徐に席を立つ
「樹、どうかした?」
行き成りのソレに友人らは驚き
戸河内は友人らへ何を返す事もせず、身を翻すとその場を後にした
「樹」
食堂を出てすぐ、戸河内は呼ぶ声に引き止められる
振り返ってみればソコに
自然消滅したと思って居た恋人が、立って居た
「……何?」
問うてみるが何を言う事も無く戸河内と対峙する恋人
暫くの無言に、痺れを切らしたのは戸河内の方で
「用がないなら、私行くよ」
用があるから、と身を翻せば腕を掴まれた
改めて引き止めるかのようなソレに、相手の顔を窺えば
「話、あるんだ。今日、ちょっといいか?」
「今日は、無理。バイト、あるし」
戸河内はその恋人からの誘いをやんわりと断ると、足早にその場を後に
今はそれよりも、藤本の方が気に掛る
「はぁい。ソコの可愛いお嬢さん。ちょっとうちの店に寄ってかない?」
店に向かう途中、また声を掛けられた
なんとなく聞き覚えのある声に脚を止めてみればソコは
藤本と仕事にと尋ねたあの古着屋
その中からカウンターに肘を付きながらあの店長が手招く
「大丈夫よ。取って食ったりはしないから」
つい警戒してしまう戸河内へ
僅かに苦笑を浮かべながらも、相手はやはり戸河内を呼ぶ
一体、何の用なのか
警戒しつつも、戸河内は中へ
「この間はお仕事どうも。私は畑中 和志。この店の店長さんよ」
改めて宜しく、と手を差し出してくる相手・畑中
穏やかに笑む畑中へ、戸河内は警戒を僅かに緩ませ手を取ると
まじまじと畑中の顔を眺め見る
決して畑中の顔が珍しいという訳ではなく
問えば自分が欲しい答えをくれるかも知れない、と
「……アイツを想ってくれる子は、皆一途ね」
畑中の表情がフッと緩む
「あいつは、アナタにちゃんと話したの?」
それは友人も話していたあの事故の事か
そう察し、戸河内がゆるゆる首を振って見せると
畑中は深々溜息を吐きながら
「……あの馬鹿、何やってんだか」
声色が途端に低くなる
表情すら男に戻り、僅かに苦笑を浮かべると
畑中の手が戸河内の頭へと伸びてきた
「……アイツもお前も、見てて苛つくほど不器用だな」
「あ、あの……」
「俺から色々と話してやってもいいけど、どうする?」
聞くか、との畑中へ
瞬間戸河内は迷ったが、また首を横へと振って見せた
「待つって、決めたから」
藤本がその胸の内をちゃんと吐き出せるようになるまで
それが自分が藤本にしてやれる事なのだと戸河内は笑みを浮かべる
「……じゃ、私、店に行きます」
「そう?じゃ、アイツに宜しくね」
気を付けてと女言葉に戻った畑中に見送られ
戸河内は深々頭を下げると身を翻し店へ
だが店先に藤本の姿は無く、戸河内はどうしたのかと店内を覗き込んでみた
「……不用心」
ついそう愚痴ってしまったのは
椅子に腰掛け、カウンターに付いた肘に頬を乗せ転寝している藤本の姿を見つけたからだった

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