《MUMEI》

斎藤は派手に身体を震わせながら、だが一応はドアを開けてみる
「これ、落としませんでしたか?」
斎藤宅を訪ねてきたのは見覚えのない青年
つい窺うような視線を向けてしまえば
だがその相手は別段それを気に掛ける事もなく
拾ったらしいモノクルを斎藤へと差し出してくる
ソレを斎藤は受け取る事はせず
「……すいません。それ、捨てて来てもらえませんか?」
「え?」
初対面の相手に対して頼むことではないと思いはしたが
どうしてもソレを手元に置いておきたくはなかった
「それ、要らないんです。持ってるの、怖いから」
「何か曰く付きだったりするんですか?」
そう言いう話がどうやら好きなようで、詳しく聞きたがる相手
だが話すことすらしたくない、と斎藤は首を振る
その様に相手は納得するかのように頷くと、解ったと身を翻す
「なるべく遠くに捨ててきます。ソレで、大丈夫ですよね」
詳しく訳を聞こうともせず承諾してくれた相手
行ってくるからと手を上げて身を翻した、次の瞬間
その相手が斎藤の目の前で突然に倒れた
「――!?」
何が起こったというのか
倒れてしまった相手の元へと駆け寄ってみれば
相手は直ぐに何事もなかったかの様に起き上がる
「だ、大丈夫ですか?」
傍らに膝を折り、顔を覗き込んでやる斎藤
まじまじと相手から眺められ、バツが悪くなった斎藤が身を引こうとすれば
ソレを引き止めるかの様に腕が掴まれた
「……何?」
「さて、何なんだろうな」
聞こえてきたのは、まるで別の声
斎藤は弾かれたように顔を上げ、相手を見やる
ソコに先までの青年の顔は無く
否、顔の造りは青年そのものなのだが、違うのはその表情だ
浮かべて見せる歪んだ笑みがひどく違和感を感じさせる
「これは俺にとって大切なものだ。それを捨てるとは、酷いな」
手にしたモノクルをいじりながら
態とらしく作った様な声で相手は溜息を吐いて見せる
ソレを左目へと宛がうと、徐に斎藤の顎を指先で掬い上げた
嫌でも重なる、視線
その漆黒の目はまるで身体の中までも見透かされてしまいそうな程に深い
「……お前の中には相当の悪夢が巣くっているな」
「――!?」
先と同じような事を言われ、斎藤は僅かに眼を見開く
だが、何度言われたとしても
それが一体どういう事なのか解らない以上、斎藤にはどうする事も出来ない
「……だから、何なの?」
「……?」
「だから何!?私にどうしろっていうの!?」
つい声を荒げてしまう
その感情の昂りの所為で涙まで滲んでくる
怖い、恐い、こわい
これ以上感じたことがない恐怖に戦き、斎藤は膝を崩してしまう
地べたへと座り込んでしまう寸前、ふわり斎藤の足が宙に浮いた
「な、何!?」
驚く声を上げてしまえば目の前に相手の顔が寄り
まるで斎藤を宥めてやるかの様に穏やかな笑みを浮かべる
「……もう少し、様子を見るか」
独り言の様に呟き、斎藤を降ろしてやると
その瞬間、相手の身体が崩れ落ちた
今度は何事かとまた様子を窺って見れば
その表情はすっかり元の青年のソレに戻っている
「……どうしよう」
何時までも外に青年を転がしたままにはしておけない
だが動かす事も難しく、どうしたものかと悩んでいると
青年の目がゆるりと開く
「……?」
自身に何があったのか理解してい無い様で
斎藤に問うかの様な視線を向けてきた
どう説明していいのか解らず
適当な言葉を取り繕いながら何とか誤魔化す
「兎に角、休んだ方がいいです」
青年の身体を支え立ち上がらせてやり、青年の部屋へ
入ってみればソコはひどく殺風景な部屋
その大部分を占めているベッドへと青年を寝かせてやり、そのまま部屋を後に
後ろ手に戸を閉め、斎藤はその戸へと凭れかかる
一人にして、大丈夫なのだろうか?
嫌な胸騒ぎを斎藤は覚えるばかりだったが
「……疲れちゃった。帰って、寝よ」
身体が感じる疲労が酷く
自宅へと戻るとそのままベッドへと突っ伏す
すぐさま襲い来る眠気
だがまた恐ろしい何かを見てしまうかもしれない、と
脳が眠る事を拒否してしまっている様で
その最中に見えてしまう、黒い何か
それは段々と広がり、そして斎藤の意識さえも覆い尽くそうとする

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