《MUMEI》 「ね、起きて。風引くよ」 取り敢えずは起こしてやろうと肩を叩いてやった その直後 徐にその手が掴まれ、戸河内は藤本に抱きすくめられてしまう 「な、何!?」 行き成りのソレに慌てて腕を解こうと試みるが 「……あ、たる。ごめん、ね」 耳元に聞こえてくる、吐息の様な声 縋る様にその腕が更に強く戸河内を抱き締めてくる そして頬を伝い始めた涙が戸河内へと降り始めていた 「……言ってくれなきゃ、抱きしめてあげられない――!」 身体を抱いてやるのは容易、だが心まではそうはいかない 藤本が話してくれるまで待つと決めておきながらも その理由を知りたくて仕方がなかった 「……私、最低だ」 自己嫌悪に陥りながら戸河内は藤本の腕をやんわりと解き 作業台の方へと移動し、ソコにある椅子へと腰を掛け客が来るのを待つ 「こんにちは!!」 元気のいい声が聞こえてきたのがそのすぐ後 店先に、少女が一人立って居た 客かと思い、いらっしゃいませと声を掛けてみれば その少女は後ろに回していた手を徐に戸河内へと差し出し 「これ……」 小さな声と共に小さな花束を差し出してきた 一体何なのだろう、と首を傾げて見せる戸河内へ 少女は満面の笑みを向けて見せ、花束を戸河内へと渡すと そのままその場を後にした 受け取った、小さな花束。これは誰に渡すものなのか 解らず、取り敢えずはソレを作業台の上へ 「……」 置いたと同時、藤本が僅かに息を吐き、そしてゆるり目を覚ます 寝起き故ぼんやりとした視線 戸河内の方を見はするが、やはりその視線は戸河内の方を見ていない気がして それに耐えきれず、戸河内は藤本の頬を戯れ程度に叩いた 「……樹?ごめん、来てたんだ」 「ついさっきね」 「俺、寝てた?」 「うん。爆睡」 「俺が寝てる間、誰か来た?」 「来たよ。小さな、女の子」 起き抜けの藤本と会話を続け そして少女が置いて行った花束をその掌へと置いてやる その花束を見、藤本は何かを思い出したかの様に僅かに眼を見開いていた 「そか、今日……」 首だけを振り向かせ、藤本が眼をやったのは店の壁に掛けられているカレンダー どうしてかくしゃりとした笑みを浮かべながら だが藤本はそれ以上何を語る事もしなかった 否、しないのではない。出来ないのだ それは多分、この男が優しすぎるからだ、と 戸河内はまた藤本の頬へと手を触れさせると 「……無理して、笑わなくていいから」 見ていると切なくなる、と首を横へと振って見せた 「俺、笑えてない?」 「うん。今は、全然」 「……そか。やっと、少し位なら笑えるようになったって、思ってたのに」 どうして、駄目なのだろう 藤本の表情が段々と苦いソレへと変わっていく ソレを見ているのは、やはり辛い 「……無理、しなくていいんだよ。多分」 「そう、なのかな?」 「そうだよ。だから、一人で泣かないで」 一人なんて寂しいから、と戸河内が藤本を抱きしめてやる 暫くその腕に縋っていた藤本 抱いてくれていた戸河内の腕を解いたかと思えば代わりにその手を取り 「……樹は、俺を甘やかしすぎ」 漸くの笑みを浮かべて見せる やはり藤本は笑っている顔がいい 見ている方も穏やかになれる様な藤本のソレに 戸河内は常に癒されているのだから 「迷惑?」 顔を覗き込んでやりながら問うてやれば 藤本は笑んだ顔を僅かに困った様な笑みへと変えながら 戸河内の身体を抱き返してきた 「……迷惑、な訳ないよ。樹」 漸く聞こえた、藤本のいつも通りの声 戸河内が安堵に胸を撫で下ろせば 藤本は徐に、先に少女から貰った花束から一輪花を取ると 戸河内の髪へと、ふわり添えてやっていた 「うん。似合ってる」 花に、そして髪へと触れながら、藤本は笑みを浮かべて見せる 何時も見せる、泣きそうな笑い顔 何時まで、そんな風に笑うのだろう 一体、何時まで 否、いつまでもかもしれないと考えてしまえば 戸河内は胸の内が締め付けられるような気がして 無意識にその手を取ると、縋る様に頬へと当てていた 自分は代わりにはなれない。だが傍に在る事は出来る 今は、何を知る必要もないのかもしれない、と 戸河内はそれ以上何を聞くこともせず 前へ |次へ |
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