《MUMEI》

 「……?」
あれから藤本が眼を覚ましたのは、夜も随分と更けた深夜だった
何時の間にベッドへと入ったのか
曖昧な記憶を思い出そうと辺りを見回して見れば
そのベッドの脇、腕を枕にすっかり眠ってしまっている戸河内の姿を見つける
「樹……」
ずっと付いていてくれたのだろうか?
すっかり冷えてしまっている頬に触れてやれば、戸河内がゆるり眼を覚ます
「……起き、た?具合、どう?」
「うん。もう、大丈夫。ごめんね、心配かけて」
謝る藤本へ、戸河内がゆるゆると振って見せれば
「何か俺、色々言っちゃってたね。本当にごめん」
気にしなくてもいいからと藤本は笑う
全く、笑えてなどいないのに
本当に不器用な男だ、と戸河内は更に首を振ってやりながら
「……(ゴメン)禁止」
「え?」
「だって、何も悪くないんだから。謝る必要なんて、ないし」
こう言ってやる事で、少しでも藤本の胸の内が楽になってくれれば、と
藤本の頬へと手を添えてやり、正面からその眼を見据えてやった
「今度から、謝ったらその都度罰金100円取るからね」
「それって、なんか俺の方が分が悪くない?」
不公平な気がする、との藤本
罰金なんてものは、単なる建前でしかない
これ以上、藤本の謝罪のソレを聞きたくなかっただけ
全てを忘れろなどとは絶対に言えない
だが常にその罪悪感を背負って行くのは傍から見ていてもやはりつらい、だから
「……少しでいいから、私にも背負わさせてよ」
その実、全てを知らない
それでも、支えてやる事は出来るはずだ、と
「……本っ当、情けないな。俺」
つい愚痴る様な藤本の声
色々と吐き出してしまいたい事があるのかもしれない
だがソレを吐き出せずにいるから藤本ばかりが辛いのだ
もう少し、頼ってくれればいいのに
何が出来る訳ではないのだが、そう思ってしまう
「……情けなくても、いいんだよ」
「樹……?」
「情けない位が、一緒に居るには楽だしね」
「そ、かな」
「そうだよ。だかたら気にすること無いから」
少しでも長く、一番近くにいられたらいい
何を告げる事もなく、唯傍に居られたら
自分はそれほどまで傷付かない様な気がしていた
「……やっぱり、私狡い」
「樹?」
独り言の様に呟いたソレに、藤本が聞き返してくる
顔を覗き込んでくる藤本へ
戸河内はゆるり首を振りながら何でもないを返した
「じゃ、私帰る」
これ以上ここに居ては、本音ばかりが駄々漏れてしまいそうで
戸河内は素早く立ち上がると踵を返す
ゆっくり休む様藤本へと首だけを振り向かせた瞬間
藤本が戸河内の腕を若干強く引き寄せた
「わっ!」
突然のソレに驚き、短く叫ぶ声を上げてしまう戸河内
倒れてしまう、と反射的に眼を閉じ
だがいつまでも訪れないその瞬間にゆるり目を開けてみれば
藤本に抱きすくめられていいた
「……一人になんて、出来ないよ」
縋る様な、腕とその声
一人にできない、一人で居たくない
藤本の中で、その二つが複雑に同居する
一人にしてしまって何かあってはいけない、一人になってまた不安に苛まれたくはない、と
「絶対に何もしないって、約束するから。ここに居て」
情けなくも縋り付いてしまえば、戸河内の全身から力が抜けていく
フッと笑う声が聞こえ
「じゃ、今日はお世話になっちゃおうかな」
どうせ明日は講義がなく休みだし、と戸河内
藤本は安堵に表情を漸く和らげ、そのまま戸河内を布団へと引きずり込んでいた
直ぐ間近にある藤本の身体はまだ熱く
その体調がまだ万全でない事を教えてくれる
「もう、寝よ。ね」
子供にしてやる様に頭をなでてやれば
やはり眠気が勝ってきたのか、藤本の瞼が段々と落ちていく
だがまだ眠る気は無いのか、何とか目を開こうとしていた
「……樹。ここに、居る、よね」
存在を確かめるかの様に抱き締められ
戸河内はソレに返してやる様に藤本を抱き返してやる
大丈夫、自分はここに居るからと
「……手を伸ばして届くところに、私は居るよ」
耳元に伝えてやれば、藤本の表情がふにゃりと緩んだ
本心から安堵したような表情
その内に穏やかな寝息が聞こえ始め
完全に寝入ったのを確認すると、戸河内はベッドから降りる
どうしても寝付けず、何気なく辺りを見回して見れば

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