《MUMEI》 大声をあげ、泣き出してしまう どうして自分ばかりが その想いが等々涙として溢れ出してしまったのだ 「……」 暫くその様を見ていたロンだったが、どうにも居た堪れなくなったのか やれやれと溜息を吐くと斎藤の頭を撫でてやる よもやロンがそんな事をするとは思わず 斎藤は驚いてしまい、だがその手の心地よさに今は縋る事を決めていた 「……難儀な娘だ」 「うるさい。馬鹿ぁ……」 怒鳴ってやろうとした声も頼りなく、その声はそのまま消えいってしまう 同時に崩れる様に落ちていく斎藤の身体 ソレを片腕で軽々と受け止めると ロンはその斎藤を横抱きにしベッドへ 「お前は付いててやれ」 ふわり傍らに漂う羊へと目配せをしてやれば 羊はそのモコモコした身体を返事替わりに小刻みに揺らし 斎藤の枕元へと丸まった ソレを見届けるとロンは身を翻し、窓枠へと手を掛けるとそこから屋根の上へ すっかり暮れてしまっていた空に浮かぶ満月を眺め見る 「満月を見てると、自分がまるで穴の底に居る様な気がしない?」 背後から聞こえてきた声にゆるり振り返ってみれば メリーが手を振りながらそこに居た 「……お前は、何をしようとしている?」 途中、返答などないだろうと思いながらもその背に問う だがやはり帰ってくる声は無く、メリーは唯無邪気に笑むだけ 何を話す気もないのならば何をしに出てきたのか 睨む様な視線を向けてしまえば、メリーは態とらしく肩を竦ませ 「僕は唯、僕の羊が欲しいだけだよ」 「お前の羊だと?」 「そうだよ。僕には今、羊が居ないから」 ロンの方を窺う様な視線で見上げてくる 欲しい欲しいとまるで駄々を捏ねる子供の様に 「それで?あの娘の夢の中に、お前の羊が居るとでも?」 怪訝な表情を浮かべ問う事をしてやれば メリーは子供特有の純粋な笑みを浮かべながら緩々と首を横へ振って見せた 「今は、居ない」 「今は?」 「……でも、その内生まれる。あの子の悪夢がこのまま膨らんでいけば」 それが楽しみで仕方がないのだと更に笑みを浮かべて見せ メリーはその場を後にしていた 暫くソレを睨みつけていたロンだったが、直ぐに身を翻し 斎藤の部屋へまた入っていく 枕元で斎藤と眠る黒い羊 音を立てぬ様ベッドへと腰を降ろすと、あやしてやる様にその羊をなでてやっていた 「……本当に、馬鹿な子供だ」 つい愚痴る様に呟いてしまえば黒羊はピクリと動くことをし ゆるり目を開く ロンの様子を窺うように見上げてくる黒羊へ 僅かに笑みを浮かべ、何でもないを返す 「さて、今日位は何も見ずに眠ってくれればいいが」 メリーに動かれては面倒だから、と つい愚痴る様に呟いてしまいながらロンは身を翻し 斎藤の部屋を後にし外へ 窓から飛んで降りた瞬間、ロンの周りを突然に真黒が覆い始めた 夜の黒の色とは違うドロドロとした黒の色 足元に纏わりついてくるソレを煩わしく感じながら 一瞥を向けてやると、ロンはその黒へと手を払った 「……悪いが、悪夢には興味がない」 全てが霧の様に消えていく 完全に消えたのを確認すると、ロンは身を翻し 地面を蹴り上げふわり宙に浮く 眼下には、街 深夜だというのに酷く明るいソコに、ロンは微かに苦笑を浮かべていた 「……なるほど。これでは人の夢が歪んでしまうわけだ」 溜息交じりに通焼き、ロンはとある高層ビルの上に降り立つ 暫く街の景色を眺めた後 そのロンの頭上、突然に巨大な影が現れる 夜の闇の中、更に黒く影を落としてくるソレを見上げてみればそれは 一匹の、巨大な(獏)だった 「……こんなものまで持ち出してきたのか」 ふわりふわり、まるで雲の様に漂う獏 徐にその動きが止まったかと思えば その僅かに伸びた鼻に息を吸い込み始めた 渦を巻きそうな程に強い風 辺りにはその風に乗り、何かが巻き上げられていく 「……これ、は」 まじまじとソレを眺めてみれば それは全て、ヒトの夢の破片 獏は口を開き、ソレをすべて呑み込んでしまっていた 満腹になったのか喉から息を吐き、その獏は姿を消す 暫く獏が立ち去ったそこを睨み付ける様に見ていたロン すぐにまた下を蹴りつけ宙に浮く 斎藤の様子が気に掛ったのか足早に戻っていく 前へ |次へ |
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