《MUMEI》

相変わらず子供の様な笑い顔
ソレを向けられてしまえば戸河内には頷く事しか出来ず
藤本と向かい合って黙々とてるてる坊主を作っていく
「見て、樹!てるてる樹坊主!」
何個か作った後、藤本がその中の一つを戸河内へと見せてきた
その顔はどうやら戸河内の顔を模しているらしく
可愛らしく頭にはリボンまで描いてあった
「何これ、可愛すぎない?」
「そう?よく描けたと思うんだけど」
そんな他愛もないやり取りを続けているうちに
いつの間にか大量のてるてる坊主が卓上一面に
「これ、全部飾るの?」
随分とあるけれど、との戸河内へ
藤本も作った後の事まで考えていなかったのか考え始め
暫く考え込んだ後、そのてるてる坊主の中から二つ、取って出した
それは藤本が戸河内に似せて作ったものともう一つ
戸河内が作ったてるてる坊主だった
「これ、なんか俺っぽくない?」
意識して書いたつもりではないソレに
藤本が自分の顔の横へと並べて見せれば、段々とそれが似て居る様な気がしてきて
戸河内はつい笑ってしまっていた
「実物より、恰好いいかも」
「え、それは酷くない?樹……」
本気でへこんでしまった藤本
だがこんな風に交わす他愛のない会話が戸河内は唯々嬉しく感じられた
藤本の表情が曇らない
自分の知ったままの表情で居てくれる、と
僅かに肩を揺らしながら、戸河内はソレを受け取り吊るしてやろうと爪先立つ
だがこの店の軒先は随分と高く、到底届きそうにない
どうしたものかと考えた瞬間
突然、戸河内の脚がふわり床から浮いた
驚き見てみれば、戸河内は藤本に抱き抱えあげられていて
目線が普段より高かった
「樹、届いた?」
下からの藤本の声に戸河内は頷き、てるてる坊主を吊るす
二つ仲良さげに寄りそうてるてる坊主
ゆらりゆらりそれは微かに有れていた
雨が止むといいと、どちらからともなく笑いあった
丁度その時、店の電話が鳴り出した
藤本が受話器を取ってみればそれはどうやら配達の電話
話が終わり、受話器を置いた藤本が戸河内へと向いて直り
「樹。配達、一緒に行こっか」
誘ってくる
店を空にしてもいいのかと返してやれば
鍵は掛けていくから大丈夫、と笑みを浮かべて見せる
「ね、行こ」
戸河内の返事を聞くより前に、藤本はその手を取る
何か様子がおかしい
どうしたのだろうかと窺ってみれば、その脚がピタリと止まる
ソコは、いつも藤本が花を供えている交差点
供えていた花は雨に打たれ、すっかり散ってしまっている
「また、来るから」
独り言に呟き、藤本はまた歩き出す
その後に続きながら戸河内は花が供えられていた場所をもう一度振り返る
一体、何時まで苦しまなくてはいけないのだろう
寂しさに、たった一人で
握られている手を強く握り返してやれば
藤本が僅かに驚いた表情で顔を上げた
何かを言おうと口を開いたが
ソレを戸河内が唇に指先を宛がい止めていた
また、そんなにも辛そうなのに、と
「……ありがと、樹。でも聞いてくれる?」
戸河内の指をやんわりと退けると藤本はゆるり話し始めた
それは矢張り(中)の事で
聞いて見れば全てが他愛のない日常
それが突然に一変してしまった日の事も
「……俺があの時一人にしなかったら、死なずに済んだんだよ」
悔いている。この男は
毎日、いつも、これからずっと
それは一人きりで耐えられるものなのだろうか
藤本の横顔に憂う様なものを見つけ
だが何の言葉を掛けていいかが解らず、戸河内はそのまま口を噤む
それから互いに交わす言葉も少なく、目的地に到着
ソコは、とある一軒家
チャイムを鳴らせば、依頼主だろう女性が出てきた
「藤本さん。……来て下さったんですね」
丁寧に頭を下げてくるその相手に、戸河内は何となく見覚えがあった
何処であったのだろうと記憶を遡ってみれば
「あ、あの時の!」
店先で出会った女性だった
女性の方も戸河内を覚えていたらしく、柔らかな笑みを浮かべ会釈を一つ
どうぞ、と招かれ藤本の後に続いて家へと上がる
通されたのは、座敷

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