《MUMEI》

 俺様は悪魔のブジー。人間を驚かし、困らせることをなによりの生き甲斐としている。悪魔の掟で、本当の姿を見られるな、人間の食い物は食うななど、人間界に居る枷はあるが、人間の狂う様を見られるんだ。それぐらいのルールは守ってやる。
 そんな俺様は、今まで何十人もの人間を狂わせてきた。地面から車の前に飛び出したり、デブ女のケツに火を点けた導火線を刺したりと、数々の実績を作ってきた。
 そんな時だ、俺様は変な女と出会った。そいつは、はっけつびょうとかいう病気で、入院している弱い人間なんだが、ベッドの下で爆竹ならしても、薬を飲む瞬間に火花を散らして消し飛ばしても、奴は狂わない。最後には必ずこう言ってくる。
 「ありがとう」ってな。
 だから俺様とあろう者が、16のガキに半年以上も付いてる。
 「あら、もうこんな時間、じゃあ空、お母さん帰るね、また明日来るから」
 「うん…………ブジー、いるんでしょ、引き出しから包丁を取ってくれる」
 ババァが去ったあと、好いように呼ばれた俺様は、黒いジーンズに半袖の黒い革ジャンを羽織り、下にドクロの絵がイカしてる白いタンクトップを着て、鼻と口に2つずつピアスをし、髪を金髪に染め、ガキの姿で下から出た。
 「これか?」ベッドの隣にある、机の引き出しからから小さい包丁を出し、俺様は刃先を向けてやった。(刃を熱くしてな)
 「ありがとう」空はそう言って、刃に一瞬だけ触れてから持ち手を取った。それから、ババァが机の上に置いていったリンゴを取り、食事用の台の上で8つに切り出した。その様子を、俺様は尻から出した黒い尻尾を床に突き立て、浮くようにあぐらをかいて見ていた。
 「はい、ブジーにあげる」仕方なく、一つリンゴを受け取り、心の優しい俺様は半分に折って奴にあげた。
 「くれるの?」と奴が聞き、俺様は頷いた。空はバカみたいに手を伸ばし、俺様はボッとリンゴを焼失させ、さっき外で拾ったセミの抜け殻に変えてやった。だが空は平然と受け取り、あの言葉を乗せて喜んだ。
 「凄い、セミの抜け殻なんて初めて見たよ。ありがとう」
 そんな調子で俺様は驚かし続け、空は喜び「ありがとう」といい続けた。
 日が経つにつれ、空は弱り、一日を寝て過ごすようになった。困らせようと思った俺様は、奴の病気がどんな物かを調べた。どうやら、わざわざ手を下さずとも死ぬらしい。
 「お前、死ぬらしいな」寝ていた空は尻尾で浮いている、あぐら姿の俺様を見上げた。「いつ死ぬんだ」空は分からないと、首を横に振った。気づくと、俺様の目から変な液体が出ていた。いくら拭いても、溢れてくる。
 「なんだこれ、なんで止まらねぇんだよ」
 「それは、涙っていうの」苦しそうに、空が口を開いた。「辛いときに流すの、大切な人が亡くなるときは、特に…」
 液体を拭いて、俺様は立って激怒した。
 「そんなわけあるか、俺様は悪魔だぞ、お前が死ぬからなんだ。むしろ怒ってるんだぞ、いつまでもお前が驚かないから。そうだ、これは怒ってるから出てるんだ。だから………勝手に死ぬなよ…お前が死んだら、俺…」すると空は、右手で俺様の顔に触れた。
 「ずっと…傍で楽しませてくれて、ありがとう」
 これが、空の最後の言葉だった。
 それからも、俺様は人間を驚かしているが、狂うばかりで「ありがとう」なんていう奴はいない。
 これは予想だが、もしかしたら「ありがとう」という言葉は、俺様が思っているより、難しい言葉なのかもしれない。



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