《MUMEI》 その表情は未だに憂う様なソレだったが 藤本の視線は戸河内を正面から見据えていた 今、漸く重なった様な気がする視線 戸河内の表情がすぐに涙に崩れていく 言いたい事はたくさんある だが今口から出てくるのは情けない鳴き声ばかりで 藤本に縋り付いて戸河内は益々泣き出してしまっていた 「ごめ、ん。愛美、ごめん――!!」 全てを忘れてほしい訳じゃない 唯、藤本に(過去)だけではなく(今)を生きて欲しかったのだ それが例え藤本を苦しめてしまう事になったとしても 自分がずっとそばに居るから、と 「こんな情けないオジさんだけど、一緒に居てくれる?」 「私で、いいの?」 確認する様に問うてやれば、藤本は緩々と首を振り 「樹(で)いいじゃなくて、樹(じゃない)と駄目なの」 戸河内の言葉をやんわりと訂正してしてやっていた 戸河内が傍に居てくれれば、自分は前を、(今)をて生きて行ける、と 藤本が笑みを浮かべて見せた、次の瞬間 その身体が糸の切れた人形の様に崩れ落ちる 慌てて受け止ようと試みるが、自分より背丈がある藤本を支え切れる筈もなく その場へと座り込んでしまっていた 触れてみれば、酷い熱 全身が寒気のためか小刻みに震え 呼気も荒く、何とかしなければと辺りを見回す だが誰一人として脚を止めてはくれず、途方に暮れていると 「……藤本?」 聞き覚えのある声が聞こえてきた 弾かれた様に顔を上げてみればソコに 畑中の姿があった 「ちょっと、何やってんのよ。あんた達!ずぶ濡れじゃ――」 「助けて!愛美を、助けて!」 叱る様な畑中の声を遮り訴える 状況が今一把握できずにいる畑中だったが 戸河内の必死の様に、深々溜息を付くと藤本の身体を戸河内から受け取ってやりながら 「……兎に角、帰るぞ。馬鹿が」 男口調で悪態を吐くと歩き出した 何を返す事も出来ず、戸河内はその後ろに付いて行くしか出来ない 「……有難う御座います。畑中さん」 「どう致しまして。それで?何であんな状況になってたんだ?」 「そ、れは……」 つい口籠ってしまえば 畑中はそれだけで大体を察したのか それ以上言わなくてもいいと手で制してくる 「多分、コイツももう少しだろ。見捨てずに居てやってくれ」 頼むな、と頭をなでてくる 戸河内が何度も頷いて返すと、畑中の表情がフッと緩んだ 「じゃ、くれぐれも大事にって、その馬鹿に伝えておいてくれ」 藤本宅へと到着し、ベッドへと寝かせると 後ろ手に手を振りながら畑中はその場を後に 後に残された藤本と戸河内 眠る藤本の額へと手を触れさせながら顔を覗き込む 触れたソコはまだ随分と熱い何か冷やすものは、と辺りを見回し ベランダに干してあった洗濯物の中からタオルを取ると水で濡らし藤本の額へ その冷たさに、瞬間藤本の表情が和らぐ 未だに荒い藤本の呼吸、静けさしかない室内 屋根を打ち付ける雨の音と、藤本のその荒い呼吸の音だけがやけに響く せめて雨だけでも止んでくれればいいのに すぐに温んでしまった藤本のタオルを変えてやりながら、戸河内は外を睨み付ける 額にタオルを乗せてやれば その手を藤本が掴む様に取った 目が覚めたのかと顔を覗き込んでみればどうやら寝の最中の行動の様で 戸河内の手に縋り付いてくる藤本の様に まるで幼子の様だと戸河内は肩を揺らす 「……明日は、元気になってよね。愛美」 そうでなければ寂しいから、と 藤本の枕元に腕を枕に顔を伏せながら 戸河内は藤本の耳元へとそう言い聞かせたのだった…… 前へ |次へ |
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