《MUMEI》

「今から音楽聞きながら寝るから話しかけないでね?あ、イヤホンするから。」

持ってきた小さな鞄にこれまた小さく畳まれたイヤホンを取り出す。

「うぇ〜い。」

湊川はさも不満そうにこちらをジロリと一瞥し、溜め息を吐いてから前に向き直った。

一度大きく息を吸った後、なんだか一気に眠気が襲ってきた。

その眠気に抗うこともせず瞼を閉じると、直ぐに眠りに落ち、暫くして深い眠りに変化した。


「母さん。」

「えっ?」

ふと気付くと、自宅のリビングにいつのまにか定着した自分の席に座っていた。

「食べないの?冷めてるかもよ。」

「……あ、あぁ。食べる食べる。」

そうだ。

翔と昴と沙弥と夕飯を食べてたんだっけ。

そうだっけ?

「母さんのオムレツひっさびさー!ちょっと、兄ちゃんの多いんじゃない?」

「そんなことねぇよ。」

「私のあげよっか?ちょい多すぎだし。」

まぁ、いいか。

なんて平和なんだろうか。

なんだか、ずっと此処にいたい様な気分だ。

「あ、そうだ。俺達母さんに言わなきゃいけない事があるんだ。」

三人が一斉に立ち上がる。三人の身長が高くなった気がする。

「もう、うんざりなんだ。」

「全然帰ってこないしさ。」

「独りぼっちは、もう嫌なの。」

三人はリビングの奥の白い光に溶けていく。

待って、行かないで!

なんで椅子から動けないの?

ねぇ!


謝らせて!


「先輩!」


「…………はぁ…!」

先程とはまた違う瞳を開くと、目の前には自宅の欠片も感じさせない車内が広がった。

そして、何よりも近い湊川。

「悪夢ですか?行きますよ。先輩が言ったんですからね。」

湊川はたったと歩いて行ってしまう。

そうか。此処は目的地の横須賀総合病院か。

行かなきゃ、とは思うのに何故だろうか。

少しの間、私は動けずにいた。

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