《MUMEI》

 「あ、おはよう御座います」
翌日は、気分体調ともに最悪だった
だが部屋に一人で居たくはない、と
授業は無いのだが、斎藤は通っている大学へと出向くことに
出てすぐに、隣人であるあの青年に出くわし
無意識に斎藤は身体を強張らせるが、何とかお早う御座いますを返す
「今から学校ですか?気を付けて下さいね」
行ってらっしゃい、と手を振ってくる
(気を付けて)
何気ないはずのその言葉が今は何となく気に掛り
斎藤はハッと顔を上げ青年を見やる
「どうかしました?」
見て分かる程に様子がおかしい斎藤へ
相手もやはり気に掛った様で顔を覗き込ませてくる
見える表情は、青年のソレそのもの
だがこれがまた何時変わってしまうのか
自分の所為で巻き込んでしまった様なものだというのに
何をどうすればいいのかが皆目見当が付かない
「何か悩んでます?もしかして、恋とか?」
本当にそうであったのならばどれ程良かっただろう
斎藤を今悩ませているのは、そんな可愛らしいものなどではなく
到底現実離れしてしまっている現実だ
ソレをどう打破すればいいのか
考えてみた処で何の良策も思いつかない
「俺で良かったら話、聞きますけど?」
いつでもどうぞ、と青年そのものの笑み
その笑みについ甘えてしまいそうになる
(次はソイツ、死ぬかもね)
突然に耳の奥に聞こえてきた声
斎藤はハッとし辺りを見回すがその姿はない
これ以上、この青年を巻き込む訳にはいかない
相手の方を見据えながらそう決意し
「大丈夫です。ありがとう御座います」
心配など掛けぬ様にと何とか笑みを浮かべ
相手へと頭を下げるとそのまま踵を返した
暫く走っていると、その目の前に何かが突然に現れる
それは止まることなく、斎藤の顔面にふにゃり柔らかくぶつかり
そして地面へと落ちていく
「……何、コレ」
ついぶつかった鼻を押さえながら落ちたソレを見てみれば
何か小さな動物が足元に蹲っていた
これは一体何なのか
膝を折り、まじまじと眺め見てみれば
「触るな。呑み込まれるぞ」
触れる寸前に、手首を掴まれた
誰かと顔を上げて見てみれば見てみればあの青年
否、その表情が違う事に斎藤は直ぐに気付く
「……また、その人の身体、乗っ取ったの?」
斎藤が怪訝な顔をして向ければそこに
青年の姿を借りたロンが立って居た
足元に転がるソレを無言で拾い上げると、それは瞬間弾ける様にその姿を変える
「……それ、何?」
手の平の上をふわふわと浮かぶソレを覗き込んでみれば
その何かは、小さな羊だった
見ている分には可愛らしいその羊が一体何なのか
斎藤は視線でロンへと問う
「ヒトという生き物は本当に無知なんだな」
呆れたように溜息を吐きながら、ロンはその羊を徐に口に食む
「あんた、何して――!?」
それは食べるものではないのでは、と窘めようとする斎藤
だがロンは構う事はせず、ソレを更に噛み砕く
骨が粉々になっていく音
噛み砕けなかった骨を吐いて捨てながらロンは顔を顰め不味いと一言
それはそうだろうとロンの方を見やれば
突然に辺り一帯が黒に染まる
行き成りのソレに、何事かとついロンへとしがみついた斎藤へ
ロンは辺りを見回しまた息を吐きながら
「……これ程の悪夢を喰うていたか」
数m先でさえ見えない程の黒に、ロンは斎藤を引き寄せる
守って、くれるのだろうか
その腕から伝わってくる温もりに、この状況下にありながらも安堵する
漸く冷静になり、改めてこれは何なのかと辺りを見回してみる斎藤
何気なく何もない黒の中へと手を差し出してみれば
目の奥に、突然に何かが見え始める
最初は、黒。そのうちにその黒が形を歪に変え、それは恐ろしい何かに変わる
これは、悪夢
これが斎藤の内に溢れているという悪夢なのだろうか
「わ、私、どうすればいいの?」
何故自身の内に悪夢が溢れているのか
聞きたい事は山程あるのだが、今は現状をどうにかする方が先だと
ロンへとソレを問うて質せば
ロンはだが何を答える事もせず、徐に指を鳴らし弾ける様な音を出す
何をしているのかが解らず、その様を見ていた斎藤
その目の前へ

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