《MUMEI》

男ってやつは困ったもので、自分の意志と関係なく、あらゆる場所で、あらゆるときに、卑猥なことを考えてしまう。

健康な男子高校生ともなれば、退屈な授業中など毎分ペースでエロい妄想に浸っている。ソースはおれ。

いや、別におれじゃなくても、男なんてみんなそんなもんだろう。

要は、その妄想を実行に移すか、思いとどまるかの話。それは、ごくごく僅かの差でしかない。

無防備なフユカの自由を奪い、行為を強要する――いますぐは無理にしても、家族が不在のときに実行しようと思えば、いくらでも機会はあるだろう。

おれが本気を出せば、非力なフユカに抗う術はない。

そのとき、フユカは泣きわめくだろうか。拒絶するだろうか。おれのことを軽蔑するだろうか。

おそらく、そのすべてだろう。

そして、やっと取り戻しつつある屈託のない笑顔を、今度こそ永遠に失うに違いない。

フユカはかつて、笑顔を失ったことがある。

こんな悲しそうな顔をして塞ぎ込むフユカを、もう見たくない。そう思った。

だからやっぱり、昨晩のようなことはできない。

もしフユカにひどいことをする男がいたら、おれがぶっとばしてやる。

まあケンカはからっきしだから、逆にぶっとばされる可能性もあるけどな。それでも、絶対に相打ちには持ち込んでやる――

ふと我に返ると、フユカは漫画を読むのをやめ、おれの顔をまじまじと見つめていた。

「あーくん、ボケーっとした顔しちゃって、どうしたの?ひょっとしてー、ひょっとするとー、あたしに見蕩れてた?見蕩れちゃってたー?ふふふふーん」

細指で髪をかきあげ、いたずらっぽく笑うフユカ。シャンプーのふんわりとした残り香が鼻をくすぐる。

いや、見蕩れてたというより、むしろめちゃくちゃエロい妄想してたし、とは言えるわけもなく。「おまえ相手に、そんなわけあるか」と極力、ぶっきらぼうに返すのが精一杯。

「でもね、朝からエッチなことばっかり考えてちゃダメなんだよ?あーくんは、ただでさえ変態さんなんだからね?」

これが女のカンってやつだろうか。

フユカが「おれの嫁」に絡むことはあり得ないにせよ、「変態さん」なんて言われると、昨日の今日だけにドキっとしてしまう。

おれは、自分の動揺を悟られないよう、大きなあくびで時間を稼いでから、

「何言ってんだよ。ほら、漫画なら貸してやるから。ニクの日だし、どうせ朝メシも食ってくんだろ?先に下に降りててくれ、おれも着替えたらすぐ行くから」

と、フユカを部屋から追い出すことにした。

そして、ダイニングキッチンへの階段を下りていく小さな背中を見送りながら、

「けどな、授業中に漫画読んで、先生に取り上げられないようにしろよ。あとユミルが巨人化しても驚いて大声とか出すなよ。絶対出すなよ」

と注意事項を付け加えると、

「あー!ネタばれしたー!あーくんのあほ!ニート!スネップ!おばさーん、あーくんが朝からひどいんだよぉぉ!」

昔から少しも変わらない、フユカの賑やかな悲鳴が家中に響き渡った。

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