《MUMEI》

最初の角を右に折れるとセブンイレブンで、そのまま進むとすぐJR沿線につきあたる。

そこを左に入って、あとは学校まで道なりにまっすぐ、この線路沿いに歩いていくだけだ。

十字キーの上を押しっぱなしでOKの単調なマップみたいだな。で、基本無料は結局有料の罠。

「ねー、あーくん!今週の水瓶座は恋のトラブルにようちゅうい!異性とのさんかく、しかく、ごかくかんけーに気をつけて!なんだってー。あーくんはだいじょうぶかなー?」

5月初旬だけあって、暑くもなく寒くもなく、散歩気分で通学するにはちょうどいい天気だ。

柔らかな日射しを浴びていると、心なしかおれのスネップ臭も抜けていく気がする。って、誰がスネップじゃーい。

フユカもおれと同じ気分らしく、散歩中の犬みたいな上機嫌で、当たらなさそうな占いの、御利益のなさそうなラッキーアイテムについてあれこれ熱弁をふるっている。

ま、ハイテンションも無理はないか。きょうはおまえの大好きなすき焼きの日だしな。

おれとフユカにとって、月に一度の「ニクの日」は大切なものなのだ。

福来さん家のおばさん、つまりフユカの母親は、おれたちが中学1年の夏に病気で亡くなった。

職場の健康診断で、ステージの進行したタチの悪い胃ガンが発見され、即入院。手の施しようもなく、半年ももたずにこの世を去ってしまった。

親父さんは健在だが、ウェブ開発関連の仕事がとても忙しいらしく、デスマーチっての?ま、おれには詳しくは分からないけど、平日は家を空けがちと聞いている。

一人っ子のフユカはだから、ふだんは自炊した料理をひとりで食べたり、時間のないときはコンビニ弁当で適当に済ませたりしているようだ。

昼も、弁当持参じゃなく購買や学食を利用することが多い。

毎日そんな食生活じゃ寂しいし、健康にも、精神状態にもよろしくないだろうという話になり、以来、最低でも月に一度はフユカを招待して、おれん家で鉄板や鍋を囲むのが恒例行事になった。

本当は、毎日でも食べに来てくれていいのに、ってのがうちの両親の考えなのだが、ああ見えてフユカはしっかり者で、他人に頼るばかりを良しとせず、妙に遠慮するところがある。

だったら、気兼ねなく遊びに来られるように、半強制的にルーチンの予定を入れてしまおうという作戦になったわけである。

今日の「すき焼きのおつかい」も、フユカに我が家における役割を与え、心理的負担を少しでも軽減するためにあえて設定された、ちょっとしたクエストかもしれない。

今のところ、それは成功しているようだ。

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