《MUMEI》

大きく腕を振って、鞄をぷらぷらさせながら、目の前を得意気に歩くスレンダーな少女。

5月のそよ風に揺れる、栗色のボブも見目麗しい、おれの幼馴染みにして、学年内に相当数の隠れファン(←ニワカ)を持つ福来フユカ。

「もー!あーくん歩くのおーそーいー遅いよー!びっくり遅刻新記録になっちゃうよー!」

めまぐるしく表情を変えながら、ブーブー言っているフユカをみると、ああ、さっき部屋で変な気をおこして押し倒さなくて本当によかった、グッジョブ俺の自制心!と心底思える。

自分の性的嗜好が若干ゆがんでいるのは否定しないけど、ま、そっち方面に関しては今後も「おれの嫁」たちを相手に、思う存分に発散すればいいよな。

何の因果か、どういう原理なのかはさっぱり分からないが、いまのおれは二次元ヒロインをいつでも呼び出して欲望を果たせるのだから、同年代の男子のように、リアルで女の子にがっつく必要もない。

そうすれば、フユカの前では、いつまでも、いい幼馴染みでいられるだろう。ビバ!賢者モード。

そうこうするうち、あたりに学ランやセーラー服姿が増え、おれたちの通う県立天ノ一(あまのいち)高校の正門が見えてきた。

フユカとクラスは別々だから、次に確実に会うのは放課後になりそうだ。

なあフユカ、スーパーに買い出し行く前にどこで待ち合わせする?おれがおまえの教室まで迎えに行こうか――

そう声をかけようとした瞬間、フユカはくるりと向き直ると、困ったときや怒ったときにだけ見せる微笑でおれを真っ直ぐに見つめ、予想外のカウンター攻撃を浴びせてきた。

「ところでねー、あーくん。これは質問なんだけどー。最近、自分の部屋にあたし以外の女子を入れたこと、あるよねー?」

……え?

「心当たりがあれば、すべて白状することー!同じ炊飯器のゴハンを食べた幼馴染み同士、ウソや隠し事は、だめなんだからねー。正直に答えないと、だよー!」

いや、おまえ、いったい、やぶからぼうに何を言って……。

「だってねー!あーくんは、本当に、本当に、本当に――」

フユカは、おれの表情をうかがうように少し間をあけると、静かな口調で、しかしはっきりと、聞き覚えのある、あのヒロインの決め台詞を口にした。


「――本当に、変態さんですね」
 

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