《MUMEI》

では、おれは夢を見ているのだろうか。

「おれの嫁」との毎晩の体験は、一般的な夢とはあきらかに異なる。

おれは明確に自分の意志で行動し、その間の行動を朝になっても覚えている。途中で目が覚めてしまうこともない。それを「夢」と言えるのだろうか。

だが、それでも「おれの嫁」が、夢の一種である可能性はある。

「夢」について検索すると、グーグル先生が真っ先にサジェストするそれ――すなわち「明晰夢」と呼ばれるものだ。

教師に見つからないよう、慎重にスマホの画面をタップして検索結果を確認する。

ウィキペディアによれば、明晰夢(めいせきむ Lucid dreaming)とは、

「睡眠中にみる夢のうち、自分で夢であると自覚しながら見ている夢のこと」であり、「明晰夢の経験者はしばしば、夢の状況を自分の思い通りに変化させられる」

のだという。

子どものころ、枕の下に好きな人の写真を入れておくと、その人の夢が見られる、なんておまじないがあった。あれのバージョンアップ版といったところか。

夢であれば、好きな人はおろか、死者にだって会えるだろう。

現実世界では犯罪にあたる行為も、夢の世界なら気兼ねせず実行できるに違いない。

日本国内で違法とされる大麻吸引が、オランダでは罪に問われないように。

旅行者のごとく、ちょっとしたスリルを楽しみながら。

ネット掲示板なんかでは、一種の娯楽として「明晰夢を見る方法」なんてスレッドが立てられ、熱心に情報交換している連中もいるようだ。

そういえばおれも、以前にそのスレッドをROMったことがある気がする。そのときは、連中が何について議論しているのかよく分からなかったが、「明晰夢」の関連リンクを流し見するうち、ふと思い出した。

何がトリガーになったかは不明だが、おれはこの「明晰夢」を、自由自在に見られるようになったのではないだろうか?

おれは毎晩「これは夢である」と自覚してこそいなかったが、「これは現実ではない」と気づいてはいた。

どちらも、意味としては似たようなものだろう。

だからこそ、初対面の「おれの嫁」にいきなり襲いかかり、獣欲を満たすことができたのである。

「これは現実かもしれない」と少しでも疑えば、女の子にあんなひどいことできるわけがない。さすがに犯罪者になりたくはないしな。

そして、あれが明晰夢なのであれば、やはりすべてはおれの脳内で完結していることになる。

世界最高水準の技術者たちが、採算を度外視し、人工美少女をおれの部屋に派遣している、という荒唐無稽な仮説よりは、よほど可能性が高いように思えた。

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